戦争と平和、その690~統一武術大会、女性部門決勝①~
「見事な戦いでしたわ。400周年記念の大規模な決勝にふさわしい戦いでしたと言ってよいのではないでしょうか。ねぇ、ドライアン王?」
「そうだな」
貴賓席で賛辞を贈るミューゼ。そして拍手をしながらもどこか憮然としたような、不満げとも取れる表情のドライアン。
「・・・若いな。ほんの一間早かった」
「ドライアン王、何かおっしゃいまして?」
「独り言さ」
ミューゼの言葉にそっけなくドライアンが答えた。
そして別の場所では、ゴーラもまた惜しみなく拍手を送っていた。
「ほっほっほ。素晴らしい戦いじゃて。確実に若い波が来ておるわ」
「ゴーラ殿から見ても素晴らしい戦いでしたか」
「無論じゃ。殺し合いではない戦い手合せじゃからこそ、映える技術もある。ルール無用の仕合ではまた違った趣になるじゃろうが、雅さではこちらが上よ。じゃがあの男がその真価を発揮するのは、殺し合いの場面じゃろうな」
「そうですね。卑怯さ加減ではアルフィリース団長に通じるものがあります」
そう辛辣に告げるヤオの表情は、どこか誇らしげだった。ゴーラはほっほと笑う。
「ゆえに、惜しい。あのラインとかいう男にもし100年の寿命があれば――奴がどれほどの戦士になるのか想像もつかぬ」
「人間だから、あそこまで強くなるのですよ。ゴーラ殿」
「ニアの言う通りかもしれん。じゃがいつも『もし』を考えてしまうのじゃよ。老いたかの」
「老いではなく、それは未練ですよ。未練は危険ですよ、オーランゼブルに付け込まれる」
ニアの言葉は、ゴーラに向けるにしては遠慮のないものだったが、ゴーラは難しい顔をして受け入れていた。
「・・・そうなのかもな。儂の人生は未練ばかりじゃ」
「オーランゼブルもそうなのでしょう。だからこそ、精神に入り込み人を操る。そう、アルフィリースが言ってましたよ」
「そうか。じゃが儂は――」
ゴーラが何を言ったのか、一層湧き上がる歓声にかき消されてニアにもヤオにもわからなかった。ラインが四方に向けて手を突き上げて声援を要求したので、観衆が一斉に立ち上がったのだ。
貴賓席で同じように立ち上がり、顔を上気させながら拍手をしたのはレイファンだった。ノラにしがみつくように感動を全身で表現し、貴族にはあるまじきはしゃぎようを見せた。
「ノラ、見ました!? ライン殿が優勝しましたわ!」
「・・・うっわー。あの男、やっちまがいやがりましたか。その男気を、どうして私の時に発揮しない」
「何か言いました、ノラ?」
「なんでもねーっす」
ノラもまた目を見開き、あんぐりと口を開けてノラなりの賛辞を送っていた。口調はかつての娼婦時代のものに戻っていたが、それこそがノラもまた感動していることの証左だった。
リサはリサで微笑むように賛辞を送り、アルフィリースは天を仰いで大きくため息をついた。
「勝ちやがりましたね、あの男。最初に会った頃よりだいぶ男を上げたのではないでしょうか」
「そうね。それは認めるわ」
「惚れましたか?」
「それだけはないわ」
リサはやれやれといったように手を挙げ、アルフィリースは表情を引き締め直した。その視線の先にいるのは勝ち誇るラインと、静かに勝者に歩み寄り握手を求めるセイト。
爽やかな試合後の光景に、惜しみない賞賛の拍手が降り注いでいた。
「――ここまでは最上の結果だわ」
「次はどちらでもよいのですか?」
「そうね。ウィクトリエは女性部門には出なかったし、オルルゥやウルスも参加していなかった。正直ドロシーが準々決勝以上に残れば上出来と考えていた中では、最高の出来よ。だけど、まだエルシアが満足していない」
「さすがにディオーレは倒せないのでは?」
リサの意見に、アルフィリースがぐっと言葉に詰まる。
「・・・難しいところね。でも、私が言葉にすればそれは大きな壁となるわ。私は何も言わないし、言えない」
「無理な挑戦でも、団員が望む以上は応援すると?」
「本当に無理ならそうと告げるのも私の役目だけど。ただ2種類の団員がいると思っているわ」
「2種類?」
「導くことで期待通りの成果を出すドロシーのような人間と、敢えて放置することで予想以上の成果を出す団員よ」
「エルシアは後者?」
「そう期待するようになったわ。だから出来る限りの仕掛けと援助をした。あとはエルシア次第。もしここで成果を出すようなら――」
アルフィリースはその言葉を飲み込んだ。リサもまた、その先の言葉を予想することはできなかった。なぜなら、アルフィリース自身がエルシアに何を期待するべきかのか、まだわかっていないからだ。
続く
次回投稿は、4/14(木)24:00です。