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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その689~統一武術大会、総合部門決勝⑥~

「なんじゃ詩乃。それほど妾の態度が奇妙か?」

「い、いえ。そういうわけでは――」

「奇妙だねぇ。随分と大人しいじゃないのさ、残虐な魔人さんがよぅ。今度は何を企んでいるんだい?」


 藤太があまりにも直接的に質問したので、詩乃の方が慌てふためいて椅子からずり落ちた。ブラディマリアはその詩乃に呆れつつも、藤太が眉一つ動かさず真剣なところを見ると、ため息を一つついてその場にいた者たちに話した。


「特に何も企んどらんわ。強いて言えば、一つ業が払われたかの」

「業?」

「おうとも。妾の種族は直接的には真竜との争いで数を減らしていったが、その元凶ともなった古代種を成敗することに成功したのよ。ほんの偶然――意図したことではなかったがの」

「そんな話は聞いたこともなかったが?」

「妾すらもおぼろげなほどに昔のことでも、妾の仲間をことごとく屠ってくれた者、を妾たちの手で仕留めたのは良き経験じゃった。一つ胸の内のつかえがとれたような気がするわ」

「・・・」


 その言葉に偽りを感じられなかった藤太は、それきり黙ってしまった。業、という言葉に反応したのかもしれない。詩乃は詳しい事情を知らないが、藤太がどのような決意でこの一行に加わっているのか、想像はつく。彼もまた大きな宿命、あるいは宿業を背負っているのだ。

 そしてそれはまた詩乃も同様に。だからこそブラディマリアの心情を察することもできたし、それゆえに不意に口をついた言葉が出てしまったのだ。


「ブラディマリア――あなた、寂しいのですか?」

「――は?」


 口から出た言葉の意味を理解して、詩乃がはっとした。ブラディマリアは明らかに怪訝そうに、そして不機嫌な表情となり、浄儀白楽ですら顔を強張らせた。

 詩乃は慌てて取り繕おうとして、止めた。これで死ぬとしても、そんな運命もあるのかと納得してしまったのだ。

 だが憐れむわけではなく、どちらかというと悄然とした様子で語り掛けた詩乃を見て、ブラディマリアは殺気立ちそうになってすぐに抑えた。そして一層大きなため息をついた。


「・・・詩乃よ、そなたでなければ首が飛んでおるぞ」

「・・・すみません」

「謝らずともよい。そうか・・・妾は寂しかったのか。そう言われてみれば、そうなのかもしれぬな」

「・・・」


 その場の誰もが驚きに目を見開いていた。詩乃の頭を撫でながら、同じく泣きそうな表情でその場に佇む女に何が語り掛けられる者がいただろうか。

 浄儀白楽はいたたまれず、視線を競技会の方に戻したが、そこで新たな展開の予兆を感じ取った。


「――間合いが」

「詰まったの」


 その変化に最も早く気付いたのは浄儀白楽と、ゴーラが同時だった。ラインは防戦一方に見えたが、着実にその距離を縮めていた。もちろん、対戦相手であるセイトも勘付いている。


「ぬう!」

「・・・」


 ラインを近づけまいと、セイトの回転がさらに上がる。黒い竜巻に巻き込まれるような連撃の中、ちらりと見えたラインの瞳がぎらりと光った。ラインが居合の構えを取る。


「させぬ!」


 セイトの回転が最大に上がった。同時に今までよりも強く踏み込み、腰の回転を入れてラインを突き放つべく、強い蹴りを放った。ラインが盾だけでなく剣の腹で受けると、木製の盾と剣はたまらず砕け飛んだ。

 観衆が悲鳴を上げる暇もない刹那、セイトは見た。ラインの盾の後ろに、隠し剣が一本備わっていた。盾は砕けたが、ラインは左手に剣を持っていたのだ。


「(左の――居合?)」


 強い一撃の後、セイトは一瞬硬直している。だが受けは愚策と考え、強い一撃の回転を利用して、宙を回転するようにさらに蹴りを放った。見事にラインの左手の剣は吹き飛び、セイトは賭けに勝ったと思った。

 その目に飛び込むのは、ラインの腰にある予備の一本。


「(騎士は、予備の剣を隠し持つ――護りだったり、自決用だったりするが)」


 そんな人間の風習を誰からか聞いた。予備の居合用か。セイトがそう考え、迎撃の心構えを取る。

 体勢は不利だが、体格差があるからそう簡単に吹き飛ばされはしないはずと考えたセイト。まして、場外を背負っているのはライン。ここからレーベンスタインのように、強引な攻撃では負けないと判断した。


「(最低でも、相打ちに持ち込む!)」


 ロッハの攻撃すら見切ったのだ、ラインの攻撃速度が見えないはずはないと考えるセイト。だが、見切れない攻撃というのは速度だけの話ではない。意識の外からの攻撃――そう、予想外の攻撃を受けると、人は誰しも硬直するのだとセイトは今知った。

 観衆の叫び声は、ラインの剣と盾がはじけ飛んだことによるものだったのか、それともラインが剣をセイトに向かって投げつけたことによるものだったのか。セイトは投げつけられた剣が、自分の視界を塞ぐためのものだったと知った時にはラインが懐に飛び込んでいた。

 居合いがなくとも、ラインの踏み込みの速度は変わることなどない。


「うおっ!?」


 ラインの渾身の肘がセイトの鳩尾に深々と刺さる。たまらずくの字に折れるセイトの胸当てに指をひっかけ、そのまま背負うように投げっぱなした。


「おらあっ!」


 ラインの踏み込み速度は知っていた。甲冑組手が出来ることも知っていた。普段の試合では上半身は裸になる獣人だが、せっかく作ってもらった胸当てだし、心臓を打たれることを避けようとそのまま装着して試合に臨んだのは、単なる予防策だった。

 それら全てが裏目に出た。


「(いや・・・違うか。きっと何通りも戦い方を考え、どの方法が上手くいかなくてもいいように何重にも予防線を張っていたのだ。現に――)」


 打ち込む最中に気付いていたが、ラインの盾には必要以上に樹脂が塗り込んでいた。皮をなめしたり、あるいは木製の盾に撥水性を付加する時に使ったりするが、あまりにべたべたとしていた。だが気付けばそのせいで徐々に拳が滑るようになっていた。

 遠当てには足裏を使うことが必須だった。足裏で蹴り続けていればどうなったか――そんな戦い方も用意していたはずだとセイトは気付いた。


「いまだ準備不足、か」


 セイトは宙を舞いながら、そんな心情を吐露した。そしてセイトが競技場の外に落下すると、ラインがゆっくりと拳を天に突き上げ、会場は割れんばかりの拍手と興奮に包まれたのだった。



続く

次回投稿は、4/12(月)24:00です。

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