戦争と平和、その688~統一武術大会、総合部門決勝⑤~
「セィヤアア!」
セイトの攻撃が加速するに合わせ、観衆の声援も大きくなる。呼応するかのように、セイトの攻撃がさらに加速する。それは支流が集まって大河となるように、そして奔流となってラインに襲い掛かった。
「一方的になって来た!」
「あの獣人が凄いぞ!」
観衆は身を乗り出して声援を送り、もはや獣人であることなど忘れたかのようにセイトを応援した。セイトの攻撃は基本に忠実に、そして変化に富むがゆえにラインの反撃を許さない。
防戦一方となるラインを見て、レイファンが手を祈るように合わせて戦いを見つめる。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「・・・ええ、大丈夫です」
「ですが、一撃も反撃できていないように見えます。まだ彼には何か策が?」
「それはわかりません。わかりませんが――」
「が?」
アルフィリースは一間置いてから答えた。
「私は勝ちなさいと彼に言い、そして彼は大丈夫だと言いました。彼はできないことは口にしない男です。その点だけは私は彼を信用しています。その彼が大丈夫だと言ったのですから、きっと勝ちます」
アルフィリースの瞳には強い信念があった。レイファンはその瞳を見てはっとすると、自分もまた強い気持ちでラインを応援することを決めた。
その戦いを別の場所で見ていたのは、ローマンズランド一行。スウェンドルが戦いを素直に称賛した。
「――素晴らしい戦いだ」
「は。確かに凄まじい連撃です」
「そうではない、アンネ。俺が褒めたのはあの人間の戦士の方だ」
「は?」
スウェンドルには珍しく、椅子から立ち上がりその戦いを見下ろしていた。愛妾オルロワージュが促しても、座ろうともしない。血が騒ぐのが押さえられないのか、拳を握りしめていることにアンネクローゼが気付いた。
「あの男――是非とも戦場で戦ってみたいものよ」
「失礼ですが父上、防戦一方に見えますが」
「アンネよ。お前は竜騎士としては一流だが、地上の戦士としては二流だ。あれほどの獣人の一撃を受けて、なぜまだ木製の盾は破損していない? そして盾を貫通する遠当ての応用の技術を用いた連打をあれほど受けながら、なぜまだあの男は気絶していない?」
「・・・そう言われますと」
アンネクローゼはスウェンドルの指摘を受けてはっとした。ラインは最初こそ徐々に後退していたが、もはや微動だにしていなかった。
スウェンドルは続ける。
「アレクサンドリアの盾捌き。あれほど一級の技術を久しぶりに見る。俺より年上の騎士には多かったと記憶しているが、最近ではとんとみなくなった。ディオーレめは頑丈過ぎて、盾などあってもなくても変わらぬからな。学んでも益無きものは、さしものディオーレめも苦手よ。その影響か、最近の若いアレクサンドリアの騎士は攻撃一辺倒のようだな」
「はぁ、左様ですか」
「そしてあの男の鍛えこまれた体躯。筋肉をつけ過ぎず、持久力だけに特化して痩せすぎるわけでもなく、盾を使いながら衝撃を受け流し、さらにあの連打に耐えうるだけの耐久力、技術、冷静さ。ローマンズランド総軍30万にも、あれほどの戦士はおらぬだろう。事実、ルイはあっさり負けたわけだしな」
「そこまで――」
スウェンドルが手放しで人を褒めたのを、初めて聞いたアンネクローゼだった。そしてそうなると、一つ気になることがある。
「では、勝つのはラインだと?」
「それはどうかな? あの獣人めは、あれほどの連撃を見せながら狙っているのは一撃必倒だ。あの男の反撃の仕方によっては、一瞬で終わる」
「ええ?」
「そうだな、俺なら――」
スウェンドルが自分に重ね合わせて戦いの趨勢を語る頃、討魔協会でも同じような会話が繰り広げられていた。
「ふぅん、人間とただの獣人にしてはやるわねぇ」
「近接戦闘の技術に関しては、お前よりも上だろうな、ブラディマリア」
「妾なら、近づけることなく焼き尽くす。なぜに泥にまみれた戦いなどせねばならんじゃ」
「だがこれほどの戦いとなれば、見る分には悪くなかろう?」
「・・・ふむ」
ブラディマリアも興味がないわけではないらしいと分かると、詩乃は不思議な気持ちになった。ここ最近のブラディマリアの大人しさもそうだが、地震が起きた日の明け方より明らかに雰囲気が変わっていた。
邪気が晴れたというのか。幼い残虐性と年経た妖艶さが混じっていたようにブラディマリアだが、それらがなりを潜め、融け合ってまさに花を咲かせようとしているように感じられたのだ。
もちろん、その花が正しいとも美しいとも限らない。だが詩乃が向ける不思議そうな視線に気づかぬほど、ブラディマリアは鈍くはない。
続く
次回投稿は、4/10(土)24:00です。