戦争と平和、その681~大陸平和会議十三日目朝②~
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アルフィリースが傭兵団に帰ると、ライフリングが執務室で彼女を待っていた。傍にはエネーマもいる。エクラはやや困り顔で彼女達に飲み物を勧めながら、アルフィリースを見ると視線で判断を求めた。
アルフィリースが一度部屋を出るように指示すると、エクラは足早に部屋をあとにする。そこでエネーマが口を開いた。
「そこにいる魔女さんも、隠し場所にいる軍師さんも、出て行っていただけるかしら?」
「・・・ラーナ、コーウェン。少し席を外してもらえるかしら?」
壁のあらぬ場所ががちゃりと開いて、コーウェンが姿を現す。そして部屋のカーテンがふわりとたなびくと、そこからラーナが出現した。二人は顔を見合わせ、ライフリングとエネーマの方を油断なく見据えると、一礼してその場をあとにした。
エネーマがくすくすと笑う。
「大した忠誠心ね。仲間というより、忠犬のようだわ。いっそのこと、自分の国でも興した方がよいのではなくて? 重役に付けてもらえるのなら、傭兵を辞めて貴女に従うのもいいかもね」
「貸借ならまだしても、今成立している国から切り取る土地がないわよ。そんな冗談を言いに来たのではないでしょう? さっさと要件を言って頂戴な。話を聞きたくはあるけど、こう見えて忙しいの」
「もちろん、重要な件だわ。そして、おそらくは今日、この時でなくては話せないわ。その前にこの建物、アルネリアの手は入っていないでしょうね?」
エネーマが鋭く周囲を見渡した。アルフィリースもそれに倣い、静かに頷いた。
「そのはずだわ。建築業者は自分で選んだし、基礎工事から先のラーナや私、リサが構成に関わっている。変な仕掛けがあれば気付けるはずよ」
「ならよいのだけど。それにしても大司教がお友達なのに、アルネリアそのものは信用していないのね。よいことだわ」
「アルネリア内の最高教主暗殺騒動は私も聞いているの。アルネリアほどの規模の組織になれば、一枚岩ではないことくらい想像できるわよ」
「結構。アルネリアの元巡礼としても同感よ」
「巡礼だったの?」
アルフィリースが訝しんだような表情になったが、エネーマは逆に穏やかな表情で疑惑の視線を受け流した。
「ええ、信じられない?」
「それにしては、奔放すぎるわ。いえ、評判を聞く限り淫蕩かつ残虐ですらある」
「巡礼なんて、まっとうな手段で出世できないけど能力だけはある者たちのために設けられた役職なのよ。別に現役の巡礼でも、怪しげな人となりの者は沢山いるわ。ま、私も自分の性癖を否定しはしない。もっとも、問題は別のところにあるけど」
「なぜ、辞めたの」
「・・・今回のライフリングの件にも関わることだから、話しておきますかね。私が巡礼に者になったのは14の時。それなりに身分のある貴族に生まれた長女ではない立場の私は、自ら志願してグローリアを中退し、巡礼の任についた。こう見えてメイヤーに遊学の経験もあるし、複数の学問で学位を持っているわ。ライフリングとはその過程で知り合ったの」
「学者でもあるの?」
ますますアルフィリースは驚いたが、エネーマはふっと笑った。
「メイヤーは先進的な学問を研究しているけど、体質自体は旧態依然としているわ。いかに女性が学問で高名になろうが、自らの教室を持つまでには年功序列の過程を経る必要がある。それが非常に面倒でね。だから賢人会なんていう、怪しげな集まりが過激化していくのだけど。その点アルネリアは公平ね。能力と実績さえあれば、必ず重用される。頂点に立てるかどうかは不明だけど、貢献度に応じてきちんと査定と報酬は充実していたわ」
「なら、巡礼を辞めたきっかけは?」
「――理由は複数。一つ主張しておきたいのは、私はあの最高教主の女狐が大好きよ」
思わぬ言葉に、アルフィリースの思考と視線が泳ぐ。
「・・・えーっと」
「心配しないで、彼女が魔物であることも、アルネリア設立当初からずっと彼女が最高教主であることも知っているわ。その上で大好きだったのよ。彼女が最高教主だったからこそ、私は巡礼者としてアルネリアに尽くした。正直、ミリアザールに私のために死んでくれと言われたら、条件次第では考えるくらいには心酔していたわ。
ただ巡礼の三番手まで上がった時、上の二人には勝てないと思った。そりゃあ巡礼開始当初から実績を積み重ねるミランダ大司教と、50年近く活躍するラペンティが相手じゃね。年齢からも一番になれない以上、別の道を行こうと思った。そして理由はあと二つ」
エネーマは自ら茶を注ぐ。その手つきはたおやかで、確かに元貴族と言われてもおかしくないだけの所作を備えていた。評判で聞く女僧侶とは、とても信じられないほどには。
噂になるだけのただの奔放な傭兵ではないようだ。もっとも、大陸に30人といないS級の傭兵が目の前に二人。ただの傭兵が、その位置に到達するはずもない。
「一つはアルネリアが知りながらも見逃している存在。遺跡もそうだし、辺境、さらにはスピアーズの四姉妹などの大魔王を初めとした、強力な魔物や魔獣の存在。それらを第三者視点から監視する人間が必要だと思った。
それらは本来、勇者認定された傭兵がやるものよ。そのために傭兵ギルドはアルネリアが設置したのだし」
「え、傭兵ギルドって、アルネリアの傘下なの?」
「かつてはね。現在はそこまでではないけど、互いに情報のやり取りとかはしているわ。ある程度の発言権も有している。勇者はある程度の数が常に確保され、アルネリアの正規兵では目の届かない辺境などの監視をしている。ただゼムスやアーシュハントラは制御下になく、フォスティナは猪突猛進、期待されていたリディルはゼムスによって壊され、魔王とまで成り果てた。ゼムスの本性を上位の傭兵たちは良く知っているから、誰も勇者認定を受けようとしない。目立って、リディルのように壊されたくはないものね。それまでも何度も同じようなことはあったし」
「どうしてゼムスは傭兵の資格を剥奪されないの?」
「そりゃあ有能だからよ。彼は、人間側が有する最高戦力の一人。ブラックホークのヴァルサスは対人間や戦争を得意とするけど、ゼムスは対魔物や魔獣でその真価を発揮する。辺境の魔物で未討伐だった魔獣を、ゼムスだけで十数体は狩っているわ。黒の魔術士にいるという、魔人なんかにもひょっとすると届く剣なのかもね」
「そこまで・・・」
アルフィリースは唸ったが、エネーマはあえてゼムスの特性などについては情報を伏せた。まだアルフィリースのことを全面的に信用したわけではないし、ゼムスという人物を測りかねているからだ。
そしてエネーマが語った次の話こそが、彼女の本題でありアルフィリースにとって衝撃的な事実だった。
続く
次回投稿は、3/27(土)6:00です。