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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その680~大陸平和会議十三日目朝①~

***


 夜が明けると、一面の青空が広がっていた。夜を徹して盛り上がっていた面々は見事な蒼穹を仰ぐと、安心して仮眠を取りに向かった。統一武術大会の決勝は太陽が中天に差し掛かったころに行われるので、まだ時間があるのだ。

 会場に入れる者もそうでない者も、今日で一連の行事は最後になる。露店は売り切るために朝から一層声を張り上げ、客の争奪戦を始めていた。

 大陸平和会議は統一武術大会の決勝が終了し式典が終了すると、最終日が行われる。そこではほぼ今までの事項に対する最終決議だけがなされ、どのような形であれ多数決と、その時点での合意の調印が行われて閉会となる。必要な協議があれば再度諸侯が集まることもあるが、ここ十数年はそうしたことが行われたことはない

 だが今回はどうか。開戦のための議論も交わされた中、諸侯の役割を決める決議が気にかかり、各国使節団にはまんじりともせず朝を迎えた者も少なくなかった。

 そんな複雑な思いを抱える者たちが迎えた朝、深緑宮にすっきりとした表情で現れたのはアルフィリースだった。アルフィリースは慣れた様子で深緑宮の警備を行う神殿騎士に挨拶すると、面会を申し込んだ。


「大司教アノルンへ取り次ぎをお願いします」

「はい、ただいま」


 公式には深緑宮でもアノルンと呼ぶアルフィリース。本来なら一傭兵が面会などできる立場ではないのだが、アルフィリースだけは特別で、それは深緑宮の誰もが知っていることだった。面会予約すら確認することなく、神殿騎士が奥へとアルフィリースを案内する。

 ほどなくして通されたアノルンの執務室では、こちらもすっきりとした表情のミランダが出迎えた。片手には入れたばかりのお茶と、選択したばかりのシスター服を身に纏い、艶やかな吐息でもって、くつろいだ様子でアルフィリースを迎えたのだ。


「おはよう、アルフィ」

「おはよう、ミランダ。寝不足は解消されたかしら?」

「まぁね。今日ばかりは締めの一日だから。目の下にくまを作ったままじゃあ、恰好がつかないもの」


 ミランダはまだ書類が積み重なったままの机から立ち上がると、茶を飲みながらそれらをやや憎々し気に眺めた。


「また明日からはこいつらとの戦いだけど、今日だけはね」

「結論はもう出ているのね?」

「もちろん、今更慌てふためきはしないわ。今日の夜、諸侯をあっと言わせてみせる予定よ」

「ならば、私も自分のやるべきことを果たすわ」

「昨晩のこと、聞いたわ。私の情報提供は役に立っていたようね」

「ええ、かなりね」


 ミランダが得意気に告げたことを、アルフィリースは肯定した。


「居場所を追跡していたことは本当だけど、建物の中までは追跡できないから。ミランダに連絡しておいてよかったわ」

「ここ最近建築した諸侯の宿舎のみならず、廃屋まで全てアルネリアの統制下よ。その中で話したことも含め、ほとんど全てが筒抜けさ。アルマスもミューゼ女王も甘い甘い」

「ほとんど全て――違うのは?」

「ドライアンとシェーンセレノ、それにイェーガーの建物にはさすがに仕掛けていないわ。ドライアンは大事なことは全て野で話す。そういう習慣なのかもしれないけど、結果的に正解だったわね。ただセンサー対策はしていないだろうけど、探れば逆に気取られるから迂闊に動けないのよね。ドライアンは慎重だわ。獣人としてアルネリアに積極的に融和政策を取ったけど、組織そのものに信用を置いているわけではない。あれほどの器の王は、これから出ないかもしれないわね。

 そしてシェーンセレノの傍には手練れの魔術士がいる。私たちの魔術を妨害するだけの、誰かが。少なくとも、ミューゼ殿下のようななんちゃって魔術士ではなさそうね」

「あるいは、シェーンセレノが優れた魔術士なのか」

「なるほど、本人が優れた魔術士か・・・それは考えていなかったわ。ミューゼ殿下のように、誰かの手ほどきを受けた可能性もあるか」


 ミランダが薄く笑ってカップを置いた。


「さて、もう行きなさい。今夜の招待状はイェーガーに送っておいたでしょう? ちゃんと出席する傭兵たちに正装させなさいよ? 夜会では当然アルフィもね」

「昨晩それぞれ採寸しているわ。夜通しでドワーフとシーカーが繕っているから、今頃悲鳴をあげているでしょうね。私は護衛も兼ねるから、男装で行くわね」

「それは逆に人気が出そう。レイファン王女と腕を組んで歩いたら、ラーナあたりが滾りそうね」

「何それ?」

「わかんなきゃいいわよ」


 くすくすとミランダが笑っていたが、アルフィリースはちょっと引っ掛かることがあったのでミランダに問いただした。


「ミランダ、仕草が女性っぽくなったよね?」

「そう? まぁ貴族の偉いさんと話す機会が増えたからかもね。別に色仕掛をするわけじゃないけど、相応ではいようとしているわ」

「言葉遣いも。最近『アタシ』から『私』になってる時がある」

「いつまでも女戦士ミランダじゃいられないってことよ。たまに仕事が忙しすぎて『赤鬼』になりそうになるけど」


 ミランダが指で角の真似をしたので、アルフィリースはほっとした。


「よかった。よっぽど疲れているのかと思っていたわ」

「互いにね。本番はこの会議が終わってからとなるはずだけど、まずは少し休養を取りなさい。そうでなければ次に取り組めないわ」

「休養か・・・とれるかなぁ」

「無理にでも取るのよ。アタシもエルザが復活したら、しばらく海にでも行ってこようかしらね」

「海か、いいわね。ラキアに頼めばひとっ飛びだわ。まだ海に行ったことがなくて」

「場所を選ばないと、魔物や魔獣だらけだからね。今度穴場を教えてあげるわ」

「一緒に行く?」

「それもいいわね」


 二人は楽しそうに雑談しようとしたが、グローリアの八点鐘が鳴ると、それもやめてそれぞれの仕事に向かった。今は休息と時間が欲しいが、まずは成すべきことを成さねば――そう思いながらも、いつか二人で休暇を取って旅することを夢見る二人だった。



続く

次回投稿は、3/25(木)7:00です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字見つけました。 「居場所を追跡していたことは本当だけど、建物の仲間では中々追跡できないから。ミランダに連絡しておいてよかったわ」 の《 仲間では 》の所《 中までは 》ではないです…
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