戦争と平和、その673~大陸平和会議十二日目夜⑥~
「だって、気になるじゃない」
「お前はユーティか」
「別に聞く気はなかったのよ? でもレイファン王女の護衛をしていて、交際やそれに近しい申し出があった場合、全部ルナティカか私で代理決闘してやっつけてるわけね? 最初は身持ちが固い、程度に思われていたけど、今じゃなんて呼ばれているか知ってる?」
「あー、想像はつくが、なんて言われてるんだ?」
「護衛のアルフィリースを愛人にして日々侍らせてるんじゃないかって。まったく、私のことを何だと思っているのかしら?」
「なるほど、そりゃあ確かに違うな」
「でしょう?」
「お前がレイファンを侍らせている、の間違いだな」
同意が得られたと思って力強く頷いていたアルフィリースが、がっくりとした。ラインはいたって冷静に水を飲み続ける。
「そうか、ハーレムをついにレイファンにまで伸ばしたか。これで俺じゃなくても、お前がレイファンのところに行けば話は片付くな?」
「どうしてそうなるかなぁ」
「なんだ、まさかレイファンに国を捨てさせて、エクラの様に扱うつもりか? そりゃあいくらなんでも罪深いだろう」
「ちょっと、そっちの話から離れなさい!」
アルフィリースがそこにあった布を投げつけ、顔面にそれを受けたラインがげんなりとする。
「お前、これ雑巾・・・」
「お似合いよ、ふん! どのみち天覧試合決勝進出者は、その日の夜会には参加するのだから、逃げられないわよ! 絶対にレイファン王女の前に引き出してやる!」
「裁判じゃねぇんだからよ・・・そんなにレイファンは俺にご執心か?」
「鈍い私でも見てわかるわよ」
アルフィリースが真面目な顔に戻って教えた。その表情は少し痛々しくもある。
「あなたの試合だけ頬に赤みがさすわ。まるで憧れの騎士様をみつめる少女のようだわ」
「・・・そういう顔をしなくなったら、考えてもいいんだがな」
「お話くらいしてあげなさいよ」
「それじゃすまんだろう。思いは果たされるまで募るばかりさ。一途な恋なら、なおさらな」
「勇気がないだけじゃないの?」
「経験者はかく語りき、だ」
ラインの言葉にアルフィリースが目を丸くした。
「意外。女遊びが激しいライン副団長がそんなことを言うなんて」
「俺にも初心な時代はあったんだよ。さっきの話に戻るが、国を追われることになった事件の発端だ。そこまでは調べても出なかったろ?」
アルフィリースがどきりとしたように身じろぎしたが、そこから先はさすがに口を開くのを躊躇っていた。
今度はラインがアルフィリースを促す。
「どこまで調べた?」
「・・・最年少の師団長候補が、伯爵令嬢の婚約者に無体を働いた貴族を剣で刺したと」
「それ以上は何も出なかったろ?」
「ええ。これ以上の情報は何もなかったわ」
「真実は関係者当人たち数名しか知らないはずだ。ディオーレ様を初めとして、軍の関係者は何も知らないさ。関係のありそうな者は全て死んだか、後から口封じに殺されている。証拠は焼け落ちた」
「・・・何があったの?」
アルフィリースが質問したことで、ラインがじろりとアルフィリースを見た。その目つきの鋭さに思わずびくりとするアルフィリース。アルフィリースがラインにここまで鋭い視線を向けれらたことは一度もなかったからだ。
ラインは少し間を置いて話し始めた。
「・・・誰かにこのことを話すのは初めてだ。全てを語るだけの度胸を俺は持ち合わせてねぇ。それでも聞いてくれるか?」
「え、ええ。それが私の責務だと思うわ」
「責務、ね・・・まぁいいだろ」
少し残念そうに。しかし嬉しそうにもしながらラインは語り始めた。
「知っての通り、俺は平民の生まれだ。父親の顔は知らねぇ。母親は奉公人で、下級貴族の家で働いていたハウスメイドだった。だが食うに困ったことは一度もねぇし、貧しいが寂しいと感じたことはなかった。生きるのに必死だったからな。
騎士に憧れたのは単純な理由だ。出征する騎士団を見て格好良いなと思ったことと、母親に楽をさせてやりたかった。騎士として出世すれば、金も稼げると思っていた。単純な理由で、それがアレクサンドリアでは正義だった。あの頃は、傭兵なんて生活手段は考えたこともなかったな。
そのことを母親に伝えると、下級貴族の取り計らいで従騎士見習いとしての生活が始まった。8歳の時だ」
「早いわね」
「当時のアレクサンドリアではそうでもねぇ。早ければ6歳から。馬の世話なら4歳から始める奴もいる。俺は遅いくらいだった。結構大変だったぜ? 読み書きはできたが、学は全くねぇ、伝手もねぇガキだったからよ。そこらじゅうの家でいらなくなった本をもらい、捨ててある本を拾い。剣の修業なんてつけてくれる奴なんていないから、合間を見つけて自警団や貴族のガキの練習を盗み見たり。貧民街の悪ガキどもに、わざと喧嘩を売ったりもしたな」
「暴れん坊じゃない」
「だな。だがそのせいで知り合いも多かった。悪たれどもにも顔が聞いたし、珍しがってくれる貴族の子弟にもある程度知り合いが出来た。領地を軍が通る時は、こっそり荷物なんかに忍び込んでついて行ったりもした。大抵は凄まじく怒られたが、その経験は後に生きた。何が本当に危険で、何が必要なのか。ガキの頃から見ることができたからな。そして運が良いことに、三回目の忍び込みで俺は死角から隊長に襲い掛かった魔獣を撃退することができた。10歳の時だ」
ラインが水がなくなったことに気付いて代わりを持ってこようとしたが、アルフィリースが大気中の水を凝集し、氷にした後でそれを器用に火で溶かして適温の水を注いだ。その精度に驚くライン。
「お前・・・器用だな」
「師匠と暮らした辺境じゃあ水汲みに行く時間が面倒だから、覚えたのよ」
「それだけで一生仕事があるぞ、お前。しかも上級貴族の家や王族お抱えで」
「そうなの?」
「世間知らずは恐ろしいな・・・それでよ、隊長はそれなりの身分の貴族だったのが幸いした。俺はめでたく後見人を得て、軍に正式入隊した。それから先はとんとん拍子だった。今から考えりゃ、おそろしいくらいの順調さだったな。アレクサンドリアは小競り合いや魔獣討伐には困らない国だが、俺は毎回武功を立てた。実力主義のアレクサンドリアでは、平民出身でも武功さえありゃあ一定以上には必ず出世する。だが最後の一押しをしたのは、彼女との出会いだった」
「それが伯爵令嬢?」
その言葉にラインが笑った。昔を懐かしむような、自嘲する様な。その笑い方も、アルフィリースが見たことのない笑い方だった。
続く
次回投稿は、3/11(木)8:00です。