戦争と平和、その672~大陸平和会議十二日目夜⑤~
「あなたよ。セイトが勝っても私は嬉しいけど、よからぬ感情を抱く者もいるでしょう。そして、そんな獣人の戦力を保有しているイェーガーを不審視する者は必ず出て来るわ」
「やっぱりそうかよ。まぁ副団長が平隊員に負けても恰好がつかんが、木剣で獣人をどうやって追い詰めりゃいいんだか。リュンカやティタニアのような真似は流石にできんぞ」
「それもそうだけど、正直、気分が乗らなかったんでしょ?」
「よくわかるじゃねぇか。ディオーレ様が負けて、ベッツもいなくなった時点で、俺にとっちゃオマケみたいなものさ。優勝するのが名誉だってのはわかるが・・・今はそんな名誉が欲しいような立場じゃねぇ。だけどよ」
「だけど?」
「期待してくれる人間がいるってのなら、頑張るのも吝かじぇねぇんだ。こいつは貧乏性ってのか?」
「苦労性でしょう」
アルフィリースがふっと笑った。ぶっきらぼうな態度や口調とは裏腹に、ラインはいつも他人のために戦っているのだ。芯から騎士だと、今ならわかる。
「セイトはドライアンの息子だわ」
「なんだ・・・って、やっぱりそうなのか」
「想像していた?」
「可能性としてはな。実力もそうだが、思慮深さがな。あの王様とは面識があるが、人間より遥かに優れた知性を感じた。王の――しかも大陸を統べうる王の器だ。どこで聞いた?」
「レイファン王女の傍に付いていて、ドライアン王の様子を窺っていると、なんとなく、ね。セイトの試合の時だけ、瞳に優しさと感慨深げな様子が見えたわ。だからレイファンが席を外した時に思い切って聞いてみたの。そうしたら、素直に答えてくれたわ。もうしばらくよろしく頼むって」
「偉大な王も人の親、か。それにしても、それを教えたうえで預けてもらえるとは信頼されたものだ」
「あなたもいるからですって」
「ぶっ」
口に含んだ水を吹きだしかけて、ラインがしまった、というふうにぱしんと額を叩いた。
「マジかよ・・・そんなに信頼された覚えはねぇんだが」
「信頼されるほどの面識があるとは驚きだわ」
「レイファンを助けた時に、ちょっとな」
「ちょっとで獣人の国を統べる王とは知り合いにならないわよ」
「いいじゃねぇか、人の縁ってのは不思議なもんだからよ」
「縁といえば、レイファン王女があなたに会いたいってさ」
ラインは今度こそ口に含んだ水を吹きだした。アルフィリースが露骨にいやそうな顔をする。
「ちょっと、汚い!」
「げほっ、げほっ・・・なんとか断れないか?」
「無理よ。決勝進出者はどのみちその夜の晩餐会に呼ばれるわ。夜通しやるわけじゃないでしょうけど、出席は義務よ。私に恥をかかせないで」
「そうか~まいったな」
「いいじゃない、そのままなんとかなっちゃえば」
「お前なぁ」
ラインが呆れた。
「いくら小娘でも、一国の王女だぞ? そうほいほいと押し倒せるか!」
「誰もそこまでしろとは言ってないけど、頻回にやり取りするくらいの甲斐性は見せなさいよ。その方が我々には有利だわ」
「クルムス内に領地を構えるって話か?」
「それもあるけど、レイファン王女は為政者として至極まっとうな人だから。末永く傭兵団としてもお付き合いさせていただきたいわ。そのためには――」
「俺は人身御供か?」
「生贄みたいに言わないで。あの王女はとても美しく賢いわ。これからますます美しくなるでしょうね。何が不満なの?」
「俺にはもったいねぇよ」
ラインがぷいとそっぽを向いたので、アルフィリースはさらに水を向けた。
「どこがもったいないの?」
「全部だよ、全部。平民上がりの俺が王女の伴侶に? 冗談言っちゃいけねぇ。王配なんぞ、ごめんだね。自由がなくなっちまう」
「自信がないの?」
「自信がある奴がいると思うか?」
「才覚も経歴も、十分だと思うけど。既にクルムス公国が直轄で指揮する現在の軍隊と、イェーガーの戦力は同程度よ? 質なら確実に我々が上だわ。それを指揮するあなたが軍部の最高司令官に就任すれば、クルムスとしても万々歳でしょう」
「無理だよ」
「できるはずよ」
「・・・調べたろ、俺の経歴を」
ラインの視線が鋭くなったので、今度はアルフィリースが視線を逸らした。
「・・・悪いとは思ったわ。でも、あなたが原因でどこかと揉めることになるのは御免蒙りたいから」
「いや、悪いと思う必要はねぇ。リサもいることだし、いずれはばれることだと思ってた。遺跡でもイブランの野郎がばらしやがったが、アレクサンドリアではお尋ね者だからな。そいつがレイファンと結ばれるのは問題があるだろう。グルーザルドと仲がよいならなおさら、クルムスを保護するグルーザルドとアレクサンドリアが対立する、なんて構図も考えられる」
「考えすぎ――ではないのかもしれないわね」
「グルーザルドはともなく、アレクサンドリアは確実に黒の魔術士の手が伸びている。俺の一件だって今から考えればおかしかったし――ずっとそうだったんだろうな。少なくとも、黒の魔術士の件が片付くまで、そういう話はナシだ」
「じゃあそれは別にして、レイファン王女のことは一人の男としてどう思うわけ?」
「お前な」
ラインがやや呆れたようにため息をついたが、アルフィリースは興味津々に質問していた。
続く
次回投稿は、3/9(火)8:00です。