戦争と平和、その671~大陸平和会議十二日目夜④~
「お前が・・・でも、ドライアン王とは似ても似つかないじゃないか」
「俺は母親寄りの姿だからな」
「黒狼族はグルーザルド国内にはほとんどいないし、ドライアン王がそんな女性を傍においたという話も聞いたことがない。どこで出会われたのだ?」
「きっかけは放浪の旅の最中だったそうだ。その時に共に戦った黒狼の戦士と仲良くなり、親交ができたと。王はたまに気晴らしで出かけていただろう? その時に見初められたそうだよ」
セイトは淡々と語った。
「だから俺にもドライアン王が父という実感はない。幼いころに抱き上げられた記憶はおぼろげにはあるが、ほとんどの時間を一緒に過ごしていないからな。黒狼族に戦士としては訓練されたが、当然帝王学なるものも学んでいない。黒狼族は少数で地理的な閉鎖的な場所に棲んではいるが、種族の気質が閉鎖的と言うわけではなく、共通語も勉強させてもらえた。人間社会でのしきたりや風俗も学べたし、今回の遠征でも驚くほどに違和感はなかった。それでも驚きの連続だが」
「親子の名乗りは上げたのか?」
「名乗りと言うほどのことでも・・・だが互いに知ってはいる。そして俺がドライアンの王の実子と公言するには、それなりの実績が必要だろう? 今回の競技会で優勝すれば、名乗りを上げるにはおあつらえ向きではある。まぁ名乗りを上げたとして、誰もが戸惑うだけで国に利益があるかどうかはわからないが」
セイトの言葉に戸惑いと悩み、そして歯がゆさをあることをニアは感じ取った。セイトの肩を優しく叩くと、ニアは静かに告げる。
「それでも親子だろう。親子が名乗りを上げるのに、国がどうだとか考える必要はあるまい。人間はそれを利用するかもしれん。だがイェーガーにいる間は大丈夫だ」
「それほどアルフィリース団長が信頼できると?」
「まぁそうだ。読み合いと度胸の良さでアルフィリースほど上手く立ち回れる人間は多くないだろうし、化かし合いと腹黒さではリサやラインと渡り合える者はそういまい。アルネリアもグルーザルドには友好的だ。さほど悪いようにはならんさ」
「随分と惚れ込んだものだ」
「お前だってそうだろう?」
ニアに脇を小突かれ、セイトはふっと笑う。
「不思議な人間ではある。イェーガーとして戦うのも悪くはないと思っているよ」
「私もそうだ。祖国を捨てる気はないが、戦うなら祖国かイェーガーのためがいいな」
「同感だ」
「なら明日の試合に集中しろ。そうでなくとも腹黒い相手なんだ。他のことを考えていたら足元を掬われるぞ?」
「そうする」
セイトは吹っ切れたようにその場を去っていった。ニアとヤオはその背中を見送ったが、ヤオが呆然といているのを見てその顔を覗き込む。
「なんだ、まだ驚いているのか?」
「え・・・うん。いや、凄いなぁと思って」
「何が」
「名乗るためにも実績と実力が必要、か。凄い重圧の中、拳を振るってきたのだろうな。隣にいるためには、まだまだ負けられないなと思ったんだ」
「隣にいたいのか?」
「え?」
ニアの指摘にヤオ自身が驚いたように振り向き、顔を赤らめたヤオにニアも驚いて互いの顔を見つめていた。変わらず瞬くのは、星のみである。
***
「何をしているの?」
「なんだ、アルフィリースか。脅かすな」
ラインが訓練場で一人、汗をかいていた。練習熱心な者が多いイェーガーでも、宴会ともなれば全員が呼び出され、こんな時に汗を流す者はいない。その中でラインは一人だけ、素振りをしていた。
「地味な鍛練をしていないと思ったら、こういう時にしているのね」
「そういうわけじゃねぇが・・・人前でやるのは好きじゃねぇんだ」
「なにそれ、子どもみたい」
「ほっとけ」
ラインは不満とともに鍛錬に戻る。アルフィリースはしばらく前からラインの鍛錬を見ていたが、その剣筋はとても美しいと思った。型があるだけでなく、何を想定して剣を振っているのかが傍目にわかる。
どれほどの実戦と鍛練を重ねればああなるのか。アルフィリースにはわからないが、まだラインの領域が遠いことだけははっきりとわかった。ラインが剣を振り終えると、静かにその場に佇んで瞑想していた。
ゆっくりとした瞑想と体から上気する放熱が終わってから、アルフィリースは汗を拭くタオルを投げながらラインに話しかけた。
「いつも稽古終わりに瞑想を?」
「まぁな」
「師匠の教えにはなかったことだわ。私の瞑想とも違う――剣士の瞑想は何を考えるのかしら?」
「いろいろだ。今日会ったこと、上手くいったこと、上手くいかなかったこと。感謝すべきこと、忘れたいこと、忘れられないこと。それらを考え、頭の片隅に追いやってから次の日を迎えたい」
「いつも日々が新鮮?」
「そうしたい。少なくとも、次の日に前の日のことを残したくねぇ。残すべきことは、目が覚めたら飛びこんでくることだ」
「それは?」
「変わらぬ日々。できれば守っていきたいこと、仲間たちのことさ」
アルフィリースはその生きざまを格好良いなと素直に思った。ラインは用意していた水を一気に飲み干した。
「団長が何してんだ。宴席はいいのか?」
「いいのよ、私も考えることややりたいことが山積みだから。ちょっと一人になりたかったのよ」
「邪魔したか」
「そうでもないわ。聞いておきたいこともあったし」
「ふぅん・・・明日、どっちが勝ったらお前は喜ぶ?」
「余計なことは考えなくていいわよ」
「素直に答えろよ」
ラインが真面目な顔で質問したので、アルフィリースは言われた通り素直に答えた。
続く
次回投稿は、3/7(日)8:00です。