戦争と平和、その670~大陸平和会議十二日目夜③~
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「ここにいたのか、セイト」
「ヤオに、ニアか」
傭兵団の訓練場の屋上で、セイトは一人佇んでいた。雨が降っていると思っていたヤオだが、いつの間にか雨が上がっている。星空と2つの月が照らす光に、セイトの黒の毛並みが淡く輝いていた。
ヤオは明日の決勝に獣人が出ることが誇らしかったが、セイトの表情がどこかしら冴えない気がしたのでセイトの姿を探したのだった。他の獣人たちはセイト抜きで勝手に盛り上がっており、ニアの指摘通り確かにうかつな連中だとヤオも最近思うようになってきた。人間ほどに複雑ではなくてもよいとは思うが、些か何事にも単純すぎる。だからケモノだなんだと、言われなくてもよい揶揄をされるのだと感じるようになった。
ヤオがセイトの姿を探すと、ニアがセイトの行き先を顎で示したので、追ってきたというわけだ。そういう意味では姉であるニアは、いち早く獣人らしからぬ感性を身に着けていたのかもしれない。
ヤオが問う。
「どうした、決勝進出にも関わらず浮かない顔だ。何か悩み事でもあるのか?」
「大いにある。まずライン副長は強敵だ。考えるほどに勝ち筋が浮かびにくく、何をしても罠のような気がする。そして人間の競技会で、我々獣人が優勝してもよいのかということ。それに、そもそもイェーガーへの派遣期間はいつまであるのかということ。割と居心地の良さを感じているだけに、ここで召集命令など出たら残念だと考える自分がいて驚いているところだ」
「それはまた・・・」
ヤオが悩みが多いなと言いかけて、ニアがはっと小さく残念そうに息を吐いた。
「大した悩みじゃないな。まずライン副長は――ラインは強い。考えるほどにはまるが、身体能力では獣人が大きく上回るだろう。正々堂々正面から正攻法で戦うのが一番だ。地に足をつけた戦い方をしていれば、そうそうおかしな勝負になりはすまい。確実に勝てる方法など考えるから、泥沼にはまる。そもそも戦いとは五分のものだ。競技会でそこまで真剣に勝ち負けを考える必要はないのさ。祭りだと誰かが言ったろ? たまには戦いを楽しめ。
次に、獣将が複数参加しているのだから、平隊員である我々が遠慮するだけ不毛というものだ。獣人代表として、悔いのない戦いをすればそれでいい。
最後に、おそらくだが派遣期間に際限はない。南方戦線で多くの幹部が死なない限り、ここの派遣から人が召集されることはないだろう」
「どういうことだ?」
ニアの言葉にはセイトだけでなくヤオも驚いたが、ニアは驚くことなく説明した。
「気づかなかったのか? ここにいる連中は全員が次世代のグルーザルド幹部候補生だ。もっというなら、獣将候補生だ」
「いや・・・そうなのか?」
「実力ある若手が集められているとは思っていたが」
「エアリーがチェリオ殿と飲んだ時に聞いた話らしいから、本当だろう。私もそうだとは思っていたが、獣将から言質を取れれば間違いあるまい。酒の席でチェリオ殿をしこたま酔い潰して聞きだしたそうだ」
「ええ・・・」
「なんと」
ヤオは少々呆れ、セイトはチェリオを飲み潰したエアリアルに感心したようだが、ニアはくすりと笑った。
「まぁ別段機密というわけでもないだろう。アルフィリースは既に気付いていたことだし、ここに来ている連中自身も感じている者はいるだろうな」
「いや、しかし・・・人間の傭兵団にそれほどの人材をまとめて預けるものだろうか?」
「グルーザルドの戦場は少ない。平和が長いのはよいことだが、最近では獣人の国家でもほとんど小競り合いは少なく、実戦経験が少なくなっているのはたしかだ。南方戦線は常に継続されているが、獣将2人が暗殺されたことで上層部では方針転換があったのだろう。次の軍の幹部候補生を南方戦線で鍛えるのは、危険が伴うとな。
リスクの分散というやつさ。奇妙で解決しない南方戦線を解決するための一つの手段ということだ」
「人間世界で学んだ手法が、南方戦線で活用できると?」
「かもしれん」
ニアが果汁を飲みながら語った。
「酒の席で饒舌なことだな」
「飲みたくても、この腹では飲めないだろう。すると、やることというのは自然と人物観察になる。酒は人の本性を暴くからな、よく見ていると面白いものだ。アルフィリースもラインも、傭兵団の飲み会では少し飲んだ後、引いた位置から彼らをよく観察していた」
「そう・・・だったか?」
「らしいぞ。で、私も少し感じたことだが・・・セイト、お前はドライアン王の息子だな?」
その指摘にヤオは酒を吹きだしたが、セイトは冷静にニアの言葉を受け止めていた。
「・・・なぜそう思う?」
「お前しかいないと思ったからだよ。グルーザルドの後継者不足に関しては、私が軍に入る前から指摘されていたことだ。獣将はいずれも優秀だが、それだけに抜きんでる者がおらず一長一短。適正からもロッハ殿が最有力だったが、実力でヴァーゴ殿を大きく上回るかと言われればそうは思えない。獣人はやはり、腕っぷしが一番強くないと納得しないところがあるからな。その2人にしても、ドライアン王にはてんで適わないときた。
だから軍は、ドライアン王の落胤に期待した。ドライアン王には王妃となるべき人物がいたが、正式の婚儀を前に病死した。だが落胤がいるのではとの噂はあったのだ。どうして懐妊した段階で正式に王妃に向かえなかったのかは定かではないが、グルーザルド内に既に黒の魔術士に操られた者がいることを、王は懸念していたのだろうな。
結果王妃となるべき女性は逝去し、子どもは行方知れず。その種族すらも隠蔽されたが、軍の中にいるのではないかと噂されていた。その方が余程安全だからな。そして直接的な大規模戦闘をする南方戦線よりも、イェーガーの方が安全だと考えられ――この派遣された者の中にその息子がいるのではないかと思っていたのだ。まぁただの噂かもしれないし、勘違いならそれでいい。真実だとして、お前が言いたくなければそれで構わない」
「いや・・・そのとおりだ。俺がドライアン王の息子だ」
セイトの言葉に、ヤオが思わず手に持っていた木製のグラスを落としそうになった。セイトはそのグラスを素早く空中でキャッチする。
続く
次回投稿は、3/5(金)8:00です。