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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
2132/2685

戦争と平和、その668~大陸平和会議十二日目夜①~

***


 その夜、イェーガーは宴会状態だった。

 総合部門でラインかセイトが優勝するのは決まったことだったし、エルシアの成功も多くの団員にとっては望ましいことだった。人は誰しも英雄譚や成功話に憧れる。ましてそれが仲間ともなれば、嬉しさもひとしおだった。

 もちろん少なからず妬ましく思う者もいただろう。だが早期敗退した幹部たちも三人の成功を祝福していたこともあって、表立って彼らをやっかむ者はいなかった。イェーガーの規模は日に日に大きくなり、十分に確保した敷地には次々と建物が造られ、イェーガーはまさに絶頂期を迎えようとしていた。

 酒を勧められた三人だったが、エルシアは未成年であることを理由に断り、セイトは口数少なにそれを受け、ラインは散々盛り上げた後でふらりと姿を消していた。もちろん三人とも翌日の試合を気にしての事で、名誉に浸る余裕をまだ持ち合わせてはいなかった。

 真っ先に宴会状態となった食堂を抜けたのはエルシア。そもそも酒をまだ飲めないし、騒がしいのは苦手なエルシアだった。


「あー、びっくりした。こちとらまだ未成年だってーのに、強引に酒を飲ませようとしてロゼッタのやつ・・・大人になったら飲み潰してやる」


 エルシアが小さな決意とともに、くすねた果汁酒を手にして自室に引き上げる。酒に興味がないわけではないが、ロゼッタあたりに飲まされて時に前後不覚になるアルフィリースを見ていると、まずは慎重に一人で飲みたいと思うのだった。


「ま、祝い酒なら少々いいわよね・・・一杯だけ。一杯だけ飲むとしましょう」


 エルシアがちょっとした冒険をするつもりで部屋に引き上げ中に入ると、暗い自室に一つの人影があった。その影にびくりとしたエルシアだが、闇に眼が慣れずとも誰かはわかる。


「レイヤーじゃない! 女の部屋の中に忍び込むなんてどういうつもり?」

「その割には鍵が開きっぱなしだったけどね」

「どうせ盗まれて困るようなものなんてないもの」

「女性部門とはいえ、決勝進出した競技者だよ? ご利益にあやかって下着を盗もうとする輩が出るかもしれない」

「そんな変態! だいたい私の下着なんて盗んだって、しょうもないでしょ?」

「本気で言ってる?」


 首を傾げたレイヤーだったが、エルシアは蝋燭に火打石で火を灯して室内を明るくしてその表情を確認した。


「どういう意味?」

「いや・・・エルシアは綺麗になると思うよ?」

「え・・・? それってさ――」


 告白みたいじゃない、と言おうとしてエルシアは次の言葉を失くしていた。薄闇に浮かび上がるレイヤーの背丈はいつの間にか自分より高くなり、少しずつ青年の様相を帯びている。今までゲイルにしろレイヤーにしろ、その容姿を気にしたことはなかったが、ゲイルもあれはあれでそれなりに人気があるのだ。レイヤーだって、リリアムの言う通りよく見たら精悍で穏やかな顔立ちに育つのではないか。荷運びの仕事を主にしているせいか、体も引き締まっているし――もう少ししたら並んで街を歩けば恋人のように見えるのだろうか。

 そんなことをエルシアがぼうっと考えていると、レイヤーがエルシアの手を取った。


「え――何するのよ。近いわ」

「こうしないとよく見えない」

「よ、よしてよ。そんな急に」

「? 急でも何でもないだろ? 前からのことだ」

「そ、それって――」

「だって、木剣の調整をしなけりゃいけないじゃないか。手の状態を見ないと調整できない」


 レイヤーのその言葉にエルシアの力が抜けた。


「あぁ・・・あんたはそういう奴だったわね」

「? 何が」

「いいわよ。ならじっくり見なさい」


 レイヤーがエルシアの手をとってまじまじと観察するが、そんなことにもやや胸が高鳴る自分がエルシアは少し悔しい気がしていた。


「――エルシア、握りと重心が変化しつつあるね」

「・・・そう? それって悪い?」

「木剣が雨を吸っての戦いで少し狙いがばらついたのもあるけど、おそらくその先に次の段階がある。まだ型が進化するんだ」

「なるほど。まだ強くなれるのね・・・明日までになんとかなるかしら?」


 その言葉にレイヤーが少し驚いたような顔をした。


「・・・ディオーレ=ナイトロード=ブリガンディに勝つつもり?」

「当然よ。負けるために戦う人間はいないわ」

「その気概こそが何よりだと思うけどね。作戦は?」

「ない。ドロシーに聞いたところ、盾を使ったそうよ。刺突剣は大盾に弱い。二回戦で戦ったサティラの進化版ね」

「ただ、その進化幅が凄まじい」

「それよ。サティラは悪くいえば経験に任せた力押し。ディオーレはその経験も桁違いだけど、技術にも裏打ちされている。戦いを何度か見たけど、正直隙がないわ。本戦のベッツみたいな真似はとてもじゃないけどできないし・・・勝つなら木球の使い方が鍵になるけど――」

「けど?」

「できれば正々堂々、正面から打ち破りたいの。おかしいかしら?」


 その言葉にレイヤーはまん丸な目をして――そして彼には珍しく声を上げて笑っていた。幼い頃から彼を知っているエルシアでさえめったに見たことのない光景に、思わず顔を真っ赤にする。



続く

次回投稿は、3/1(月)8:00です。

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