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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
213/2685

ジェイクの新しい生活、その10~仲裁~

***


 そして時間は夜。


「ここは・・・?」


 デュートヒルデが目を覚ますと、見慣れぬ天井が見えた。体がまだ熱っぽく気だるいが、先ほどよりは随分楽になっている。少し体を起こして首を動かし、部屋の様子を確かめる。調度品は下品ではないが、かならずしも高い物ばかりではない。質素に、しかしそれなり以上の身分を表せるように、上品な調度品でまとめられている。確実に自分の部屋ではない。自分の部屋なら、望んでもいない最新の流行りの調度品が各国の貴族達から送られてくるからだ。


「ワタクシは・・・ジェイクさんに馬に乗せられて・・・それから」


 デュートヒルデがふとその時の事を思い出す。良く考えれば、自分はジェイクに抱きかかえられていたのではないか。いくら意識が朦朧としていたとはいえ、よくもあのような無防備な自分を晒したものだと思う。

 恥ずかしいやら不甲斐ないやらで、ないまぜな感情の処理にデュートヒルデが戸惑っていると、戸が開いて光が差し込む。


「お、目が覚めたか」

「ジェイクさん?」

「ぺったんこ~。くるくるが目を覚ましたぞ~」

「誰がくるくるですか!」


 デュートヒルデの抗議もむなしく、ジェイクは一向に気にかけない。そして間もなくその部屋に金の髪をした緑の目のシスターが入ってきた。年の頃は同じだろうが、彼女が持つ威厳と存在感に思わず息をのむデュートヒルデ。


「お目覚めになられましたのね。よかった、もう少しで貴女は危ない所でしたのよ?」

「え?」

「風邪を放っておいたせいで、肺炎を起こしていました。ここに運ばれてきた時は呼吸が止まる寸前で、このジェイクがいち早く運んでいなければ、どうなっていたかはわからないくらいの状態でしたわ」

「そういうことだ。俺と、このぺったんこに感謝しろよ?」


 少し得意げになるジェイクのわき腹を、シスターがつねりあげる。


「いて、いてて!」

「またそうやってすぐ調子に乗る。少し褒めればこれですか?」

「い、いいだろ。たまには」

「しょっちゅうでしょうが」


 抵抗しようとしたジェイクの手を、シスターがいとも簡単にねじり上げてしまった。悲鳴を上げるジェイクを拘束しながら、シスターは穏やかな笑みを絶やさない。


「あの、貴女は・・・」

「これは申し遅れました。私はミリアザールと申します。どうぞミリィとお呼びくださいませ」

「ミリアザール!?」


 アルネリア教会の最高教主ではないのかと、デュートヒルデは身を固くする。現存する聖女であり、アルネリア教会の旗印でもある女性だ。何年か周期で代替わりするらしく、その姿を直接拝むことは王侯貴族でも滅多にない。時に女神の様な美しい女性であり、時に慈愛にあふれる老婆であるという。今デュートヒルデの目の前にいるのは少女だが、体に溢れる魔力のケタが違うのは、魔術を習いたてのデュートヒルデでもわかった。聖女が自分の前にいると思うだけで、少し前までとは別の意味でデュートヒルデは息が止まりそうだった。

 そのミリアザールが、ゆっくりとデュートヒルデに微笑む。


「ジェイク、少し部屋を出ていなさい? 私はこの者と話をします」

「わかったから放せよ。ったく馬鹿力・・・ぎゃっ!」


 ミリアザールがジェイクの背中を蹴飛ばしたような気がしたのだが、デュートヒルデは風邪で自分が朦朧としているのだろうということにしておいた。

 そしてデュートヒルデのベッドの横に腰掛けるミリアザール。


「あ、あの! このような格好でワタクシ、なんて失礼を」

「お気になさらず。むしろこのような機会でもなければ、話せませんものね」


 ミリアザールがふわりと微笑んだので、デュートヒルデは気持ちが軽くなるようだった。まさに聖女の微笑みとはこのような表情を指すのだろう。


「ジェイクは私がさる人物から預かった子です」

「彼の御両親は?」

「さあ・・・彼は2歳になるかならないかで、雪降る町に捨てられていたと聞きました。彼自身も両親の事は覚えていませんし、気にかける様子はありませんね。もっとも内心はどのように考えているかは知りません。でも、彼は一度として自分の不幸な境遇を嘆いたことはありません。色々未熟な彼ですが、その点だけは彼は立派だと思います」

「・・・」


 デュートヒルデは俯いていた。ジェイクは孤児だろうとは思っていたが、そのような事までは知らなかったからだ。

 なおもミリアザールは続ける。


「少し説教のようになるかもしれませんが、お話をよろしいでしょうか?」

「・・・はい」

「失礼かとは思いましたが、貴女の事情はおおよそのところはジェイクから聞いています。つらい思いをされたようですね」

「いえ、そのようなことはありませんわ・・・」


 話す内容とは裏腹にさらに落ち込むデュートヒルデを見て、ミリアザールは彼女の手を優しく握った。


「無理をなさらずに。私もこのような立場にいる身。境遇は違うとはいえど、貴女の感情は理解できないでもありません」

「そんな! ワタクシは貴女の方が余程自由がないと伺っておりますわ! 確か最高教主に任命されると、聖女としての任期が終わるまではここから出る事もままならないと」


 確かに、対外的にはそういうことになっている。実際にはそうでもないが、アルネリアをうかつに離れられないのは事実だった。

 ミリアザールが苦笑する。


「確かにおっしゃる通りですが、たまにこっそり私もここを抜け出しては下町に行きますのよ?」

「・・・本当ですの?」

「ええ。聖女にも息抜きは必要です。もっとも、ばれると怖い女官に怒られますから、内緒ですよ?」


 ミリアザールが人差し指を口に当て、「内緒です」という仕草をしたので、その仕草がかわいらしくて思わずデュートヒルデも微笑んだ。


「どうされましたか?」

「いえ、聖女様はもっと人間離れした方なのかと思っておりましたので」

「最初はそのような時もありました。でも私も生き物ですから。無理のし過ぎはよくありません」


 事実ミリアザールがアルネリア教を作った時は、もっとかしこまっていた事もある。だが、すぐに疲れた、というか飽きたのだ。ミリアザールはもともといたずら好きである。それが深緑宮にこもって清貧貞潔に暮らすなど、土台無理だったのだ。

 もっとも梔子あたりに言わせれば、無理をしなさすぎると言ったかもしれない。


「無理のし過ぎはデュートヒルデ、貴女にもいえます」

「え?」


 その言葉にデュートヒルデは顔を上げた。


「確かに我々のように生まれながらにして身分の高い者、人を指導する立場にある者は物品に恵まれる反面、人間味に乏しい生活を余儀なくされます」

「それは・・・そうです」

「ですけど、それで依怙地になってしまうのは違うと私は思うのです。どのような身分、立場においても、自分を利用しようとする者、敵対する者、味方する者、損得関係なく友人となる者は現れるのです。でも自分が心を閉ざしてしまえば、そのどれもが去ってしまう」

「・・・」

「それでは人間はやっていけません。生きる事だけなら出来るかもしれませんが、人生はきっと味気ないものでしょう。それは、もはや死んでいるのと同じではありませんか?」


 ミリアザールの言葉に、デュートヒルデはどう答えればよいのかわからなかった。沈黙が2人を包み、やがてデュートヒルデはゆっくりと口を開いた。


「では・・・ワタクシはどうすればよいのでしょう?」

「信頼できる友を作らなくてはいけません」


 デュートヒルデのその言葉を待っていたかのように、ミリアザールが即答する。


「貴女のように様々な欲望に晒される立場の人間は、幼い頃から実に様々な事を要求されます。まずは人を見抜く目を育てる事です」

「人を・・・見抜く」

「ええ。信頼できる人間が多くいることで、貴女の世界は変わるでしょう。また、貴女に様々な利益を求めて寄ってくる者も、貴女の人間性次第では本当の友人にできる可能性もあります。大貴族の利点を生かすのです。それぞれの思いはともあれ、貴女の周りには人が集まるようになっているのですから。それをどうするかは、貴女次第」


 ミリアザールの言葉がデュートヒルデの心に沁み込んで行く。やがてデュートヒルデはゆっくりと頷いた。


「お話し、ごもっともですわ。ですけど、ワタクシは自分の感情に任せて、学校で皆にひどい事をしてきました・・・皆は今さら許してくれるでしょうか?」

「反省する気持がありますか?」

「はい」


 デュートヒルデの澱みない返事に、ミリアザールは彼女の本質を見た。本来は、デュートヒルデも心優しい子なのだと。育ちのせいで多少歪んではしまったが、まだ幼い分、これからどうとでも直る余地はある。


「では、その気持ちを素直に皆に言うことです。反応はそれぞれでしょう。許してくれる人、そうでない人。また謝っても何も変わらないかもしれません。ですが、きっと謝らないよりはましなはずです」

「・・・はい」

「そしてジェイクをお連れなさい」

「ジェイクさんを?」


 デュートヒルデが意外そうな顔をする。その顔を見て、ミリアザールはおかしそうに笑った。


「あの子は一見粗野で、人の事など我関せずに見えますが、正義感は人一倍強いですし、助けを求める者を見捨てるようなことは決してしません。例え貴女と敵対していたとしても」

「・・・」

「それに、彼は貴女ともっと話をしなかった事を悔いていました。今なら歩み寄れるのではないですか?」

「・・・できるでしょうか、ワタクシに」


 不安そうなデュートヒルデの頭を、ミリアザールはそっと撫でてやる。同い年に見える少女からのその行為にデュートヒルデは顔を赤くしたが、ミリアザールはほどなくして部屋を立ち去るべく、ベッドから立ち上がる。


「それは話してみないとわかりませんね。では彼をここに呼んできましょう」

「あの! まだ心の準備が」

「たまには当たって砕けろと言いますのよ、デュートヒルデ」


 その言葉と悪戯っぽい笑顔を残すとミリアザールは部屋を出て行き、代わりにジェイクが入って来るのだった。



続く


次回投稿は、5/16(月)12:00です。

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