戦争と平和、その665~統一武術大会準決勝⑦~
「うっ」
ルイが居合かと警戒し、剣を防御に回す。だがラインは木剣を抜きざまに柄からルイに投げつける。ルイはかろうじてその剣を払いのけるのではなくただ体にぶつけさせることに成功したが、風船を一つ破損する。
そして本命の右手での居合、あるいは投擲武器。だが何かを握り込んだように見せたラインの右手は空であり、予定通り右手での抜剣をすべく剣を握った。
「(やはりそちらが本名か、こしゃくな! その居合を受け斬ることはもう不可能だが、レーベンスタインの時の様な威力は出まい。受けきって骨の数本をもっていかれようとも、受ければワタシの勝ちだ!)」
左腕を犠牲にしてでもラインの居合を受けるべく覚悟を決めるルイ。歯を食いしばり、足を踏ん張る。その瞬間、ラインは左腰の木剣も抜き放ちざま、ルイに投げつけたのだ。
「・・・は?」
何が起こったのか理解できないルイ。その瞬間、ラインは滑る地面を利用して地面を滑り込むようにしてルイの足を絡めとり、そのまま引き倒して背後を取った。
まさかの足技、寝技、絞め技。ルイは背後から締め上げられ、抵抗もままならなかった。いかにルイが女性にしては体格に優れていようと、鍛えこんでいるラインを上回ることはない。抵抗するが、ラインの腕はびくとも動かなかった。
「よう、こういう組手はやったことがあるか? お前、ローマンズランドの武家だろう。地面がカチカチに凍ったローマンズランドでは、地面に這いつくばって体温を奪われるような組手はほとんどやらないよなぁ? 下手したら、寒さで皮膚がはりついてはげちまうからよ。立ち技での甲冑組手はやるだろうが、相手を倒すとこまでだろ、知ってるぜ?」
「・・・」
「レクサスの野郎が俺の戦い方について、お前にああでもない、こうでもないと話したはずだ。そこまで予想して、こういう戦術を組んだ。助言はしてやったぜ、もっと前から仕掛けてるってな。俺の戦い方を見て、対策を立て過ぎたのがお前の敗因だ。プライドが高いのは結構だが、泥にまみれる覚悟まではなかったようだな。誰もお前にそんなことを教えてくれなかったかよ?」
「む・・・ぐぅ」
「悪いことは言わねぇ、降参しな。所詮は競技会だ、こんなとこで気絶するまで意地張ってもしょうがないだろ?」
だがルイはラインの腕を叩こうとして、その手を握り込んだまま気絶した。とんだ意地っ張りだとラインは呆れたが、アルベルトがルイの気絶を確認するとラインの腕を上げた。
「勝者、ライン!」
「うぉおおお!」
勝者宣言と共に悲鳴や野次も起きたが、イェーガーの面々が上げた歓声がそれらを打ち消した。これで決勝はセイトvsライン。どちらが勝ってもイェーガーの傭兵が名誉ある統一武術大会の覇者となるという、稀有な事態となった。
この事実にイェーガーの傭兵たちは狂喜乱舞し、その場で踊り出す者もいるほどだった。
「すげぇ副長! あっさりとブラックホークの隊長を仕留めたぞ!」
「やる気がねぇとか言いながら、とんだ嘘つきだぜ!」
「今日も明日も祝杯だ!」
盛り上がる歓声は次の試合を待つエルシアとリリアムの元にも届く。その歓声を聞いてリリアムは腰に手を当ててため息をついた。
「まったく、次もイェーガー同士の試合だっていうのに、勝手ねぇ。もうちょっと注目してほしいものだわ。貴女もそう思わない?」
「・・・」
エルシアからの返事はない。それはエルシアが緊張しているのかとリリアムは思ったが、エルシアの表情は髪をつたって流れる雨も気にならないほど集中しているのがわかった。エルシアが何事かをぶつぶつと呟いているのが、リリアムにも聞こえた。
「(・・・初手、要注意ね)」
リリアムには自信があった。レーベンスタインと手を合わせてわかったことだが、この統一武術大会のおおよその競技者より自分は強い。魔眼を使わずとも、ほとんどを圧倒することが可能だ。
努力次第ではレーベンスタインさえ――そう考えるリリアムは、油断が最も怖いこともわかっている。
「(エルシアが強くなっていることはわかっている。ここまではもちろん運もあるけど、目に見えて強くなっているのは事実だわ。油断はしない――初手から全力で倒すわ。面白い戦いになんて、しない)」
リリアムはそう考えながら競技場に登った。ちょうどその時雨脚が強まり、視界が悪くなる。観客の中には雨除けのために上着を差し出し、そこかしこで見えないからと言い合いになりつつあった。
競技場の上に水たまりが出来、リリアムは足元を確認する。
「(少々滑るけど、まぁ何とかいけるか)」
「――雨か。ついてるわ」
突然エルシアが喋ったので、思わずリリアムはびくりとした。エルシアは開始線よりも下がった場所に立っているのに、その声がしっかりと聞こえたからだ。
続く
次回投稿は、2/23(火)9:00です。