戦争と平和、その661~統一武術大会準決勝③~
「なっ」
バネッサが選択したのは、なんでもない一撃。体格で遥かに上回るセイトに対する、真っ向勝負。セイトが予見した攻撃方法の中で一番可能性が低い攻撃だったからこそ、セイトの反応が遅れてまともに側頭部に命中する。
セイトの軸が揺れ、好機と見たバネッサはここが体力を全て使うべきところだと確信して前に出た。
「せやあっ!」
人体の急所へと容赦ない連撃が放たれる。木製かつ女の腕力といえど、全てが急所に放たれれば耐えることは不可能だった。
セイトは後退し、徐々に競技場の端に追い詰められる。観客が一気に盛り上がる。
「いいぞー!」
「いけぇ、バネッサー!」
バネッサの一撃が、セイトの顎をめがけて放たれた。セイトは脳を揺らされまいとして両手で防御する。視界が狭まり、その一瞬の隙をついてバネッサの蹴りがセイトの膝の内側に入った。
さして重くはなかろうとも、踵が的確にツボを突き、セイトの膝が崩れ落ちる。バネッサがニヤリとした。
「ようやく頭が下がったわね」
既にセイトの風船は大半が破損。このまま点数差でも勝てるが、それでは競技会は盛り上がらない。場外よりも、わかりやすい決着を。バネッサは体調不良でも観客を盛り上げることを忘れない。
一方、セイトは倒れる時に何かを掴んだ。競技場で掴むものなど――バネッサがそう考え顔を上げようとして、黒い何かに視界を遮られた。
「きゃっ! なにこれ!」
セイトは徒手空拳で戦うのが常だが、この試合だけ武器を持ち込んでいた。それはバネッサトとの戦いに備えて、セイトなりに考えた結果だった。
バネッサの身のこなしと、何より技術が厄介。まだ隠し持っている技術があったら――そう考えたセイトは、何かしらの策を用意しておこうと考えた。獣人は素手での戦いを信条とするが、競技規則の範囲内で手を尽くすのは、悪いことではないはずと考えた。そのあたり、セイトはすっかりイェーガーのやり方に染まっている。
アルフィリースのように武器そのものを発注することはできないが、代わりによいものを調達できた。漁業用の投網である。
倒れる時に競技場の端にバネッサを誘導し、前に出た瞬間にかぶせる。普通のバネッサだったら避けもするだろう。だが二日酔いで朦朧としていたバネッサは、まさか獣人のセイトが武器を持ち込んでいるとは思わず、おまけに雨で足を取られて逃げることもできずに投網に搦め捕られた。
「ま、前が!」
「勝機!」
セイトの足払いが見事に決まり、バネッサの体が宙に舞った。落ちれば場外。だがそれ以上に、バネッサの両腕が網に絡まって受け身が取れないことにセイトが気付いた。
さして高くもない競技場だが、受け身を取れずに頭から落ちれば危険――そう考えたセイトは、落下するバネッサを抱きとめていた。
「え、え?」
「――とんだお人よしだな、俺は」
セイトはそのままバネッサを競技台に戻すと、自分は距離を取った。ざわつく観客の中バネッサが投網を外すと、驚いたような表情がそこにあり――セイトのやや悔しくも、すっきりとした表情を見て、バネッサは笑った。
「なんで助けたの?」
「あのままでは頭から落ちると思った。貴殿なら何事もないとは思うが、万一を考えた」
「戦いの最中に相手の心配? 女だから手心を加えた?」
「これは競技会だ、殺し殺されの場ではない。それに、貴殿を女だとは思っていない。先ほどの攻撃の予兆、実際に飛んできたもの以外の2つを捌けはしなかったろう」
「そっか、その攻撃の予兆を読めるのか――あなたは本当の戦士で、そして紳士ね」
バネッサは審判であるアルベルトの方をくるりと向くと、武器を放り投げた。
「審判、私の負けだわ。棄権します」
「承知した。バネッサの棄権により、勝者セイト!」
バネッサの敗北宣言に伴い、アルベルトがセイトの手を掴んで挙げた。そのことに、観客からは多くの悲鳴と喝采が降り注いだのだった。
続く
次回投稿は、2/15(月)9:00です。