戦争と平和、その660~統一武術大会準決勝②~
「始め!」
「ヒュウッ!」
開始と同時に、ぬるりと前に出たバネッサが目にも止まらぬ連撃を繰り出す。移動が早かったわけではないのに、セイトは虚を突かれたように前に出る機会を失い、その場でバネッサの連撃を捌く羽目になるセイト。
いつも余裕を見せるようなバネッサが火のついたような連撃を見せることで、観客が大いに沸いた。
「バネッサが本気だぞ!」
「さすが準決勝だ!」
だが、バネッサの連撃が余裕のなさからだとは、誰も気付かない。らしくない手段に気付いたのは、ウィスパーくらいのものである。
「あいつ、何かあったな?」
ウィスパーはバネッサが目立つことを止めはしない。バウンサーとしてのバネッサが有名になることは何も問題がないし、アルマスの一番である以上、機会を得たり何かの拍子にその実力が世間に知られることは充分に想定している。
そしてバネッサは充分にアルマスに尽くしてきた。大老はどう考えているかは知らないが、ウィスパーとしてはバネッサがいつ組織を抜けてもいいと思っていた。余生をのんびり暮らせるだけの資金は溜まっただろうし、本人が希望すれば引退させてもいいと考えている。監視はつけることになるだろうが、平穏を望むバネッサがアルマスの内情を暴露してアルマスに狙われる余生を送るはずがないし、ばれてまずい流通や内情などはバネッサにはそもそも話していない。
そういう意味では異常者の多いアルマス内において、バネッサとはウィスパーにとっても心許せる相手だった。こんな場所でくらい、単純にバネッサの望む戦いをしてもよいだろう。そう考えるウィスパー。
「情か・・・私にもそのようなものがあるのだな」
ウィスパーの絞るような声とともに、バネッサの攻撃の回転が上がる。
「こいつ、やるっ!」
バネッサが感嘆する。獣人にしては正確な受けと捌き、そして忍耐。防戦一方でも集中力を切らさず、冷静にバネッサの攻撃を捌き続ける。人間の技術の高い戦士でもこうはいかない。一度でも正面から受けてくれればそれを突破口にできるのに、セイトは雑な受け方を一度もしない。普段と違い木製のトンファーであるとはいえ、急所に当てれば獣人でも一撃で悶絶させられる威力であることには違いない。
だが、感嘆するのはセイトも同じ。バネッサの攻撃は同じように見えて少しずつ違う。それは角度だったり、速度だったり、重さだったり。これほどの手数を出しながら一度も同じ攻撃がないから、反撃するだけの余裕と間が生まれない。特に厄介なのがひねりをきかせた一撃。うかつに前に出ようとすると、下手をすれば転がされる。関節を取れば体格など関係ないのは、ヤオやニアを見ていて理解している。
しばしの膠着状態の後、バネッサが自ら距離をとった。その顔は青ざめ、明らかに酸欠になっていた。
「ぜーっ、ぜーっ・・・少しは受けそびれなさいよぉ!」
「いや、際どかったぞ。何回かは失敗したと思った」
「失敗の内に入らないわよ!」
「それより、もう息が上がったのか?」
「うるさいわねぇ。埒が明かないから、別の手段を考えているのよ」
怒りながら考えるバネッサ。人間の女と、さほど大柄ではないとはいえ狼の一党である獣人の戦士。体格差、体力差は明白で、殺傷能力のない武器を持っての戦いとなると、相手を後退させる方法など数えるほどしかない。
この大会で見せていないものも含めて、出せる手段はまだある。だがそれらを出してよいものかどうか、バネッサは逡巡した。
「(調子に乗ってここまで勝ち進んだけど、賞金としては充分だし、売名行為もやりすぎよねぇ。表じゃたかだかB級の傭兵なわけだから、実力を隠していたといっても、さすがにこれ以上はやりすぎかしら。おおよそこの大会に出ている人物の実力も見て取ったし、有力人物の騎士とか護衛がいなくなった段階で、アルマスとしての意義も失われている。だけどねぇ)」
大観衆の声援、対戦相手の真摯な闘志。さらに、一昨日の戦いより進歩して見えるセイトの纏う空気。それらがバネッサの心を揺さぶった。
「まぁ・・・やるだけやってみますか!」
勝敗などは二の次であることを思い出し、バネッサは心躍るように飛び出した。そしていくつか考えていた手の内から、一番ありえない手札を選択。それが逆にセイトの予測を裏切り、思いがけない結果をもたらした。
続く
次回投稿は、2/13(土)9:00です。