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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
2122/2685

戦争と平和、その658~大陸平和会議十二日目朝④~

 だが姿を見られたくない気持ちはレイヤーの方が上だったろう。なにせ、顔だけでなく体も真っ赤で上気している。エルシアに照れているから、ではない。ただただ体温が高いのだ。

 レイヤーはふらつく体を引き摺るようにして歩いた。今エルシアの部屋の前に来たのは、この時間に誰もいないことを気配を探って知ったのと、ようやく体調が追いついたからだ。

 シェンペェスがレイヤーに語りかける。


「(小僧、大事ないか)」

「わかってて言ってるでしょ? 死にはしなさそうだけど、結構厳しいよ」

「(死なないだけでもたいしたものだ。普通の人間なら何十回も死んでいる)」

「だろうね。僕が一日で回復しなかった。レーヴァンティンの副作用だろうけど、これは厳しい」


 レイヤーが自らの手を見つめる。熱病で死んでいったかつての仲間たちよりも、はるかに高い体温。これでも死なない自分の頑丈さに、多少呆れる。


「さて。今の調子なら夕方には下がりそうだけど、エルシアは勝つかな?」

「(あの娘の仔細はわからぬが、手を見た時に刀身が泡立つほどの可能性を感じた。小僧もであろう?)」

「でなきゃそもそも気にかけていないさ。ゲイルでも千人に一人くらいの才能はあるだろうけど、エルシアの戦う才能はおそらく百万人に一人――いや、もっとか。そのくらい稀有な才能が潜んでいると思う」

「(だから友として振る舞っている、と?)」

「そういうわけじゃないけど――彼らと最初につるんだのは、スラスムンドの子どもたちの中で、もっとも生き延びる可能性が高かったからだろうね。僕の本能のようなものだ。才能に気付いたのは、後さ。そこまで合理的にはできていないつもりだ」

「(どうだか)」


 シェンペェスの皮肉にレイヤーは応えることはしなかった。そして誰にも見られぬようにローブを雨除けにして、外に出た。


「雨で良かった。半日もうたれていれば体温が下がるだろう」

「(立ち上る湯気で目立ちそうだが、試合は見るのだろう? どうやって――ああ、それでか)」

「ラキアを昨日賭けで負かしておいてよかった。今日は特等席だ。ラキアの高度と僕の目があれば、リサ以外は気付くこともないだろう」

「(イカサマまで使っているから、何を要求するかと思えばそういうことか)」

「ルナに習っておいてよかった。賭け事なんてしない思っていたけど、わからないものだね」

「(一応、あれでも真竜だぞ? イカサマでハメるとは、なんという奴)」

「あんなに俗っぽかったら、真竜のありがたみなんて感じようもないさ」

「(然り)」


 シェンペェスが笑って刀身が震えた気がしたが、レイヤーはそれを無視してラキアの元に向かった。もう一つやるべきことがあると思っていたからだ。


「ラキアには口止めしたけど――レーヴァンティンの性能を試しておきたい」

「(何をする?)」

「今日もしエルシアが勝ったら――明日は決勝でディオーレだ。勝つとしたら雨の条件かもしれないけど、彼女にとっては晴れの舞台だ。ちゃんとした条件で戦わせてあげたい」

「つまり?」

「雨を斬る」


 その言葉にシェンペェスは反論しようとして、口をつぐんだ。雨雲の分厚さ、風の動きを読むに、数日は続くはずの天候なのだ。水の精霊や風の精霊の集散を考えるに、これを魔術を動かせるとしたら、それは魔法の領域に近い。

 だがレーヴァンティンの持ち主が望めば不可能はあるまい――その悪用など微塵も考えていないレイヤーがこれほどの魔剣の主になったのは、至極当然かもしれないと考えるシェンペェスだった。


***


「そう、レーヴァンティンは見つからず、中層への道のりは途絶えたのね」

「恐れながら」


 アリストとラファティの報告を聞きながら、ミランダは頬杖をついていた。遺跡の危険性を判断するため調査を続行していたミランダだったが、遺跡は完全に休眠状態となり、上層から下って行ってもどの道も入る手段が見つからなかった。

 どうやら中層以下は貝殻のように閉じることができるのではないかというのが、探索した者たちが図面を持ち寄って議論した結果だった。もちろん一日では完全な結論は出せないが、ミランダは一度探索を打ち切ることとした。


「では現時刻をもって遺跡の探索を打ち切ってよし。人員を引き上げさせなさい」

「よろしいので?」

「二度は言わないわ。いつまでのアルネリアの人手が少なくては、諸侯に不信感を与えましょう。後日探索が必要なら、再開すればいい」

「御意に」


 アリストとラファティは礼をして立ち去ったが、ラファティの頭からは疑念と不安が抜けなかった。


「アリスト殿」

「なんだろう?」


 アリストの方が立場は下だが、ラファティは彼の強さに敬意を払っている。自分が正規の神殿騎士になる前に、稽古をつけてもらった恩もある。そして冷静な判断と、冷徹な強さを持つ彼は、今では頼れる神殿騎士団の同僚だ。


「いまいち腑に落ちない。あれほどの事態を引き起こした遺跡が目と鼻の先にありながら、放置するのは喉元に突きつけられた剣を放置するようでな。ミランダ様がそのような危険性を看過するものだろうか?」

「優先順位の問題だろう。今目の前にあるのは、諸侯の諍いから彼らの安全を確保することだ。既に殺人が2回起きたのを忘れてはいまい?」

「だからといって、全員引き揚げるのはどうなのか。少数でも探索を継続するべきではないか? こういう時のために、傭兵ギルドには多大な支援をしているはずだ」

「冷静になれ。いかに支援をしているといっても、傭兵を本物の遺跡に向かわせるわけにはいかない。あれを衆目に晒すのがまずいのは、貴殿もわかっているだろう?」

「それはそうだが」


 釈然としない、とラファティは考えていた。だが彼の懸念も、たしかに神殿騎士団が控えた業務に忙殺されることで、すぐに脳裏に押しやられることになる。ラファティがこの懸念を思い出すのは、しばらく後のことだった。



続く

次回投稿は、2/9(火)10:00です。

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