戦争と平和、その656~大陸平和会議十二日目朝②~
「で、団長殿。私たちの処遇はいかように?」
「飯も宿もタダってのはありがたいけど、タダ飯って気味が悪いんだよね。代わりに私たちに何させようってのさ?」
不審そうにアルフィリースの方を見た2人に、アルフィリースはきょとんとして答えた。
「いやー、実はまだ何も考えてないんだよね」
ぽりぽりと頭を掻くアルフィリースを見て、ジェミャカががくりと姿勢を崩し、ヴァトルカがはぁ、とため息をつく。
「あんたさぁ、もうちょっと何かあるでしょうが? たしかに私たちは銀の一族の中でも下っ端の方だけど、一人いれば一般的な軍じゃ中隊から大隊相当の戦力扱いよ? ギルドの裏依頼でも、銀の一族を貸出す依頼はある。知らないの?」
「リサ、知ってる?」
「知りませんよ。ただギルドの裏依頼の話は聞いたことがありますね。特定の条件を満たしたか、貢献度や信頼度が高い傭兵にだけ依頼が舞い込むことはあるそうです。中には犯罪まがいのものもあるとは聞いたことがありますが、まさか銀の一族関連の依頼もあるとは」
「番が見つからない時は、ギルドに依頼を出すこともあるそうだからね~。ほら、種は強い男の方がいいじゃん」
「ジェミャカ」
ヴァトルカが強い口調で窘めたので、ジェミャカはそれ以上はお手上げのポーズをして話さなかった。
同時に、もう話はなくなったようだ。
「ま、何も考えてないのなら考えといてよ。しばらくここで厄介になるからさ。命まで差し出す義理はないけど、帰る所がなくなったのも本当みたいだし、行くところもないからさ」
「少々なら飲まず食わずでも平気な我々ですが、さすがに家がないのは困りますのでね。貴女なら良い私たちの活用方法を思いついてくれることを期待していますよ? 戦う依頼ならまず断りませんし、女の武器を活かせと言われるのなら、そうしましょう」
「活用って、道具じゃないんだから」
アルフィリースのその言葉に、2人は顔を見合わせた。
「・・・そんなこと言われたの、初めてだなぁ。変わってるねぇ、あんた」
「我々は戦う人形。そう扱われてきましたし、思っていただいても結構ですが」
「私はそんなことはしない。ちゃんと人間として扱うし、2人が納得できる形で貴女たちにはいてもらうわ。結果としてこの傭兵団が合わないと感じたら、出ていくのも自由よ」
「・・・なるほど、思ったよりも良識があるようですが、きっと貴女は苦労しますよ。割り切るべきことは割り切った方がよい」
「忠告どうも。でもまだ悩むだけの余力があるうちは、悩んでおきたいのよ」
アルフィリースの言葉にヴァトルカはそれ以上何も言うことがなく、2人はその場を去った。そしてジェミャカがご機嫌そうに歩みを早めた。
「気に入りましたか、あの団長を」
「そーだね。正直、里の婆ァどもよりよほど気分がいいじゃないのさ。男だったら番候補だね」
「我々は里を出ている期間がそれなりに長い。まだ彼女の言い分も理解できますが」
「悪くはならなそうだね。さて、面白い結論を出してくれればいいけど。それまで私はちょっと街をぶらついてくるよ」
「あの少年――ラスカルといいましたか。でも、どこにいるのかわらかないでしょう」
「家の場所は聞いてるさ」
ジェミャカがにかっと笑ったので、ヴァトルカは呆れていた。
「・・・そこまで仲良くなっていたとは。まさか本当に番にするつもりですか?」
「かもね、本能が疼くもん。多分、私の番はあの子だよ」
「見た目は同じようでも、いくら年が離れていると?」
「人間の成長は早いから、数年待てば大丈夫さ。今手を出すほど焦っちゃいないよ」
「そうですね、節度を弁えてください。貴女はまだ未経験かもしれませんが、我々は一度番とそういう関係になると、後が大変です」
「えーっと、大抵の男は干からびて死ぬんだっけか?」
「おおよそ半数は」
ヴァトルカの言葉に、ジェミャカは呆れていた。
「だからずっと連れ添う男がいねーのか。番の男を腹上死させるとは、ひどい一族だな、私たち」
「そうです。だから番は慎重に選ばないといけない。せっかくの良い男なのですから、つまらない理由で死んでしまうのはもったいない」
「だーいじょうぶだって! そのくらいの理性はあるよ!」
「どうだか」
ヴァトルカとジェミャカは声の調子を落とさず、普通に話しながら歩いていた。その会話を聞いていた傭兵は多く、すぐに2人のことは噂になった。とんでもない美人だが、手を出したら搾り取られるぞ――と。
この後しばらく他の傭兵たちに遠巻きに挨拶されることをジェミャカは不思議がったが、ヴァトルカは面倒が少なくてよいと思っていたので、2人はしばらくの間、話し相手が少ないのだった。
続く
次回投稿は、2/5(金)10:00です。