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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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ジェイクの新しい生活、その9~デュートヒルデの叫び~

***


「お嬢様、よろしいでしょうか?」

「・・・何かしら」


 部屋の中からは気だるそうな返事が返って来る。その声だけでもデュートヒルデがかなり衰弱している事はわかったが、バーノンは2人に部屋の前で待つように促すと、中へと1人入って行く。


「失礼いたします。お薬は飲まれたかと思いまして」

「いらないわよ、あんなまずいもの!」


 中からは癇癪を起したデュートヒルデの声が聞こえてくる。


「しかしお嬢様、お薬も飲まない、食べ物も召し上がらないでは、治るものも治りませんぞ?」

「いいのよ、私なんか死んじゃえば! その方が皆だってせいせいするに決まってるわ!」

「そんな事をおっしゃらずに・・・実は今日はこちらに御学友の方がお見えになっております」

「・・・誰?」


 デュートヒルデの声が、少しだけ興味をそそられたように変化する。


「リンダ様と、ジェイク様でございます」

「ジェイクさんですって? 私を笑いに来たに違いないわ、すぐに追い返して!」

「いえ、実は言いたい事があるとおっしゃっておりまして・・・」

「聞きたくない! リンダだってそうだわ! 今まで友達の様な顔をして、結局は私を利用していただけですのよ!? なんて汚らわしい!!」

「それは違うわ!」


 リンダが思わず叫んでいた。扉の外から聞こえた大声に、部屋の中が一瞬静まり返る。


「私はヒルデの事が心配で、このままではいけないと思っからちょっとお灸を据えようとしたの! でも、それがこんなことになるなんて・・・ごめんなさい、私が浅はかでした。貴女がどれほど傷つくかも考えず、ひどい言葉を言ってしまったわ。許されることではないかもしれないけど、どうか私を許して・・・」


 それだけ言い終わると、リンダはその場でしくしくと泣き出してしまった。部屋は沈黙に包まれていたが、やがて声が聞こえてくる。


「・・・ないわ」

「お嬢様?」

「許さないわ!」


 部屋からは、はっきりとしたどなり声が聞こえてきた。


「ワタクシは、ワタクシの信用を裏切った者を許さない! ええ、決して許すもんですか!」

「お嬢様、それは・・・」

「うるさくてよ、バーノン! いくらおじい様の親友といえど、たかが庶民出身の分際で! あまり口答えするようなら、この屋敷から叩きだすわよ!?」

「ちょっと待てぇ!」


 ジェイクが扉を荒っぽく開け、ずかずかと部屋に入って行く。その場の全員が呆気にとられたが、怒りが最高潮に達したジェイクは気にも止めない。

 中にはデュートヒルデがベッドに上半身を起こした状態で座っており、地面には彼女が癇癪を起したのか、グラスが中身ごと落ちているのをバーノンが片づけていた。デュートヒルデの可愛らしい顔は病気で少しやつれており、目にはくまができていた。自慢の縦ロールも、ろくに手入れをしていないと見え、乱れっぱなしである。


「ちょっと、あなた! 淑女レディの部屋に無断で踏み込むなど・・・」

「やかましい! 俺の事をどう言ってもいいけどなぁ、リンダやバーノンさんにそんな事を言うとは、お前どういうつもりだよ!」


 ジェイクが怒りでわなわなと唇を震えさせながら、デュートヒルデの声を遮って大きな声を出した。その剣幕に、さしものデュートヒルデも少し驚く。


「リンダは本当にお前の事を心配してたんだぞ!? この4日間は学校で泣いてもいたんだ! それを知らずになんて事を言うんだ!」

「あなたの知った事じゃ・・・」

「いいや! お前みたいなわからずやのお嬢様よりも知ってるね! それにバーノンさんもすごくお前の事を心配してるんだ! 寂しいんだか何だか知らないけどな、今のみたいに駄々こねてばっかじゃお前、一生友達出来ないぞ!?」


 ジェイクに寂しいと言われたのが図星だったのか、あるいは駄々をこねていると言われたのが腹が立ったのか、デュートヒルデが顔を真っ赤にしながら反撃する。


「うるさい! うるさい、うるさい! お前なんかにワタクシの気持ちがわかるものですか!」

「わかんねぇよ! お前みたいな陰険引きこもりの女の気持なんかな! ちったぁ他人を信用しやがれ!!」

「ワタクシだって、信用したいのですわ!」


 デュートヒルデが涙目になりながら訴える。


「誰が好き好んであんな態度を取る物ですか! でもワタクシを大切にしてくれたおじい様は亡くなって、お父様もお母様もお忙しくてまともに話す時間も取れない。家は広くて何でもあるけど、皆ワタクシの機嫌を伺うばかりで、誰も本当の事を言ってくれない! そのくせ、ちょっとでもワタクシが我儘を言ったり、ワタクシに落ち度があれば、女中どもは全員でワタクシの陰口を囁き合うのですのよ?

 なのに、ワタクシの目の前に現れる時は、さも何も無かったかのように普通に、いえ、ワタクシの事を尊敬しているかのように振舞おうとする。そんな気色の悪い人間達に囲まれる暮らしを、貴方は想像したことがあって!? はっきり言って、反吐が出ますわ!」

「お嬢様、そのような言葉遣いをなされては・・・」

「いいえ、言わせていただくわ!」


 デュートヒルデが息を切らせながら、凄まじい剣幕でまくし立てる。その勢いに今度はジェイクが押された。


「それにワタクシがお父様について社交界に向かえば、誰も彼もがワタクシの事を美しいだのなんだのと褒めそやしますわ。でもワタクシだって馬鹿じゃないの! ワタクシが美しいと言われる年ではないことも、ワタクシよりも美しい姫君達がいる事も知っています! それなのに子どもであるワタクシの機嫌を必死で取ろうと、大人達が作り笑いを浮かべながら寄って来る。なんと気持ちの悪い事かしら、腹にある汚い臓物が透けて見えるようですわ! ワタクシが公爵家令嬢でなかったら、彼らはワタクシになんて声をかけるのでしょうね!? 

 それにワタクシがまだ幼い頃から、『我々の息子とぜひ』などといって自分の息子達をワタクシに売り込んできますわ。まだ指をしゃぶる癖が取れていない子、ワタクシよりも並べられたお菓子に興味がある子。そんな子ならまだマシな方で、去年などはまだ9歳のワタクシに無理矢理口づけを迫ろうとした愚か者もいましたのよ!? その方は既に16歳で成人を迎えているくせに、力づくでワタクシをどうにかしようとしましたから、全力でその変態の股間を蹴り上げてやりましたわ!」


 ジェイクが思わず顔をしかめる。相手が悪いとはいえ、男としてちょっと同情するものがあった。デュートヒルデは息を切らせながらも、まだ続ける。


「そのような欲望に日々晒されるワタクシの気持ちが、貴方の様な平民にわかりまして? 気持ちが休まる時もなく、心を通わせる相手も見つからず。去年この学校に来た時はそれでも多少救われた気持ちがしたものですが、結局のところ同じでしたわ。ワタクシが公爵家を名乗るやいなや、ワタクシに媚びへつらう者と、ワタクシを遠巻きに眺める者にあっという間に分かれましたわ! ワタクシはそんなものが欲しかったわけじゃないのに! 

 でも皆がそう望むのならせめて貴族であろうとしましたけど、何をどうしても皆の不満は止まりませんでしたわ。これ以上ワタクシにどうしろと言いますの。ねえ、教えてくださる!?」

「・・・」

「もうわけがわかりませんわ! ワタクシが悪いの? 皆の理想を叶えるような、もっと完璧な人間だったらいいの? 誰か、誰か答えてくださいまし・・・うっ、ぐすっ・・・ひっく・・・」


 ついにデュートヒルデは泣きだした。ジェイクもリンダも、バーノンまでもが言葉を失くして立ちつくす。ジェイクは先ほどまでの怒りが嘘のように、冷水をかけられたがごとく頭が冷えていた。今でもジェイクはネリィがやられたことに対して報復した事を悪びてはいないが、もう少しデュートヒルデと話してみるべきだったかもしれないと反省していた。

 ここに来て、ジェイクはミリアザールの言っていた意味が本当に分かった気がしたのだ。結局はジェイクも、デュートヒルデが貴族ということでやっかみが入っていたことに、自分で気がついた。身分がいかに高かろうと、やはり人間。貴族は貴族で、それなりに悩みがあるのだ。


「(難しいな・・・何が正解なんだろう?)」


 考えても、ジェイクに正解は見えてこない。ただ、デュートヒルデの精神状態が限界に近いのはジェイクにもわかった。

 と、その時、デュートヒルデの様子が変わり始めていた。ただ泣いていいただけのはずなのに、なんだか顔がさらに青く、いや青い野を通り越して、色が無くなってきている。呼吸も苦しそうだ。


「ゼイ・・・ゼイ・・・」

「お嬢様? いけません、薬をお飲みになって!」

「い・・・りませんわ!」


 デュートヒルデが、バーノンの差し出した薬の入ったグラスをはたき落とす。


「ああ!」

「ワタクシは・・・誰の助けも・・・いらない。誰も・・・信用しない!」

「いかん、薬はこれで最後なのに」


 バーノンの顔色が変わる。そしてデュートヒルデの呼吸もますます苦しそうになってきていた。


「これはいかん! リンダ様、ジェイク様。私は今から馬で医者を呼びに行って参ります。それまで女中と共に、お嬢様をお願いできますか?」

「・・・わかった」

「それでは失礼。半刻もないうちに戻りますゆえ!」

「余計な事を・・・しなくていいわ」


 デュートヒルデは力尽きたようにばたりとベットに仰向けに倒れ、それでもなおバーノンに悪態を突く。だがバーノンはデュートヒルデの様子に猶予がないと判断したのか、いち早く部屋を出て行ってしまった。

 残されたのはリンダとジェイクである。あとは女中が何人か来たが、おろおろするばかりで役に立ちそうもない。


「出て行って・・・皆、出て行って・・・」

「聞けないね。俺はお前に命令される覚えはない」

「・・・この」

「ふん、悔しかったら元気になって言い返して見やがれってんだ」

「・・・」

「? おい、くるくる?」


 ジェイクが話しかけても反応がない。見れば、呼吸がどんどん弱くなってないだろうか。リンダも横にかけつける。


「ジェイクさん、これはまずいのでは?」

「・・・おい、馬はまだあるか!?」


 ジェイクが女中を怒鳴りつけたので、女中は驚きながらも即答する。


「はい! まだ何頭かはあると思います!」

「・・・しょうがない、俺がこいつを治せる奴の所まで連れてく。ここからなら飛ばせばすぐだ。バーノンさんが帰って来るより早い」

「どこに行きますの?」


 リンダの問いに、ジェイクがその辺の手ごろな毛布でデュートヒルデの体をくるみながら答える。


「深緑宮に知り合いがいる。そこなら大丈夫のはずだ」

「深緑宮って・・・一般人は入れませんのよ? 王侯貴族だって、滅多に入ることはできませんのに」

「大丈夫だ、俺は顔パスだ」

「え?」


 その言葉にリンダは驚いたが、ジェイクは既にデュートヒルデが寒がらないように毛布でくるむと、彼女を抱きかかえて立ち上がるところだった。


「女中! 馬の所まで案内しろ!」

「はいっ、ただいま!」

「ちょっと!」


 リンダが慌てて後を追う。馬屋にはついたが、どれも裸馬で、鞍すらつけられていない。


「あの、私どもは鞍の付け方は・・・」

「いい、俺がやる」

「そんなことできますの? 学園ではまだそのような授業は・・・」


 リンダがまごつくうちにも、ジェイクはデュートヒルデをそっと地面に下ろし、慣れた手つきで鞍をつけて行く。騎士団で下働きをする彼にとって、日常的な動作だった。支帯を乗せ、鞍を固定し、頭絡をつける。そしてあっという間に準備を整えると、デュートヒルデを片手で抱いたまま、反動をつけて地を蹴ってあぶみに足をかけ、さらに馬に飛び乗る。その見事な身のこなしに、女中達とリンダが思わず嘆息を漏らす。


「済まない、リンダ。送っていけないけど、俺は今から深緑宮に行って来る。バーノンさんには伝えておいてくれ、責任は俺が取るって」

「え、ええ。それは構いませんけど・・・」

「じゃあまた明日学園でな。せいっ!」


 ジェイクが馬の尻を叩いて、馬を走らせ始める。デュートヒルデを前に抱いたままではかなり馬を操るのも難しいはずなのだが、ジェイクは難なく操っていた。毎日ラファティにしごかれながら馬の訓練をしたのが役に立っていたのだ。厳しい指導に内心で感謝するジェイク。そして見る間に小さくなるジェイクの後ろ姿をリンダは見ながら、「いいなぁ・・・」と不謹慎な感想を漏らさずにはいられなかった。

 馬がリヒテンシュタインの領地を出る辺りで、デュートヒルデがぼんやりと意識を取り戻す。


「う・・・貴方、何を?」

「今からお前を最高のシスターの元へ連れて行く。そこまで行ったら、すぐに楽になるからな」

「余計な・・・お世話ですわ」


 デュートヒルデは苦しそうに喘ぎながら、まだ反論をしようとする。


「ほんっと強情だな、お前。じゃあ死にたいのか?」

「死・・・?」


 デュートヒルデがぼんやりとした頭で考えるが、ふとその顔を横に振った。


「死ぬのは、嫌ですわ」

「なら黙ってろ。俺が絶対に助けてやる」


 その言葉を聞くと、デュートヒルデは黙ってジェイクの胸を掴んだ。そしてジェイクは馬を飛ばすのだった。



続く


次回投稿は、5/15(日)15:00です。

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