戦争と平和、その655~大陸平和会議十二日目朝①~
「・・・まぁ北の商業連合との交渉が難しくてね。この護衛が終わったらすぐに戻る予定だし、大掛かりな仕事には気苦労が絶えないものさ」
「面倒な貴族や王族との交渉もまとめるクイエットが、そんなことを言うなんてね」
「商人とはえてして厄介なものだよ、レクサス。時には王侯貴族より扱いづらい」
「そりゃわかるっす」
レクサスは肯定するように何度も頷き、クイエットが笑った。ルイはそんな2人を見ながら不思議な気分になっていた。
「じゃあ今ヴァルサスの傍には誰が?」
「0番隊は多くがいるはずさ。グロースフェルドは離れられないだろうし、他にもゼルドスとか4番隊も。逆に1番隊とかはアマリナは離れているようだ」
「5番隊は?」
「一緒にいるはずだね。6番隊も」
「・・・そうか、妙な話だ」
一番単独行動が多い5番隊がヴァルサスの傍にいる。それに妙な胸騒ぎを覚えるルイ。
「ゲルゲダは大人しくしているのか?」
「大人しいね。さすがに戦場で余計な揉め事を起こすほど馬鹿じゃないよ」
「・・・わかった。先に北に戻ることがあれば、こちらは予定通りにことを運べそうだとヴァルサスに伝えておいてくれ」
「何かヴァルサスに頼まれているんだね? 了解したよ」
クイエットは小さく手を挙げてその場を去っていった。残されたルイとレクサスは予定通りに食事に向かった。
「姐さん、なんでクイエットの伝言なんか頼んだんすか?」
「なんとなく、だ。昨晩のようなこともあるしな、正直何が起きてもおかしくない。それにワタシ達はクイエットと違って、素早い伝達手段を持たない。情報の伝達の差で何が起きるかわからないからな」
「クイエットって、何か素早い伝達手段を持っているんすか? 魔術士でもないのに?」
「奴は使い魔ではない伝書鳥を使用しているぞ? 知らなかったのか?」
「ああ~それで。どうりで情報のやりとりが早いはずだ」
「それよりお前、よくクイエットが苛立っているとわかったな? ワタシはいつもあいつの表情が読めないんだが」
ルイの言葉にレクサスが目をぱちくりとさせた。
「別にいつも通りっすよ?」
「は? カマをかけたのか?」
「いやいや、いつもクイエットは何かに苛立っているっす。表情は一度も崩さないんですが、交渉事をまとめるのはやっぱりつらいんですかねぇ。でも忍耐強いっすよね。俺がどんだけからかっても、一度も怒らないで冷静に返してきますもん。尊敬するっす」
「お前・・・いつか刺されるぞ」
「まさかぁ」
いつもの軽口に戻るレクサスと、呆れた表情のルイ。2人は明日の戦いに備えて、早めに食事をとって引き返していった。ルイにしては珍しく、レクサスの勧めた食事にやや上機嫌だったので、レクサスは調子にのってまたルイに呪氷剣を抜かれそうな羽目になったのだが。
***
――大陸平和会議十二日目――
昨日は一瞬たりともその気配はなかったのに、珍しく朝から急に分厚い雲が空を覆うと、雨が降りだした。この時期のアルネリア周辺はやや乾燥するのに、珍しいこともあるものだと誰もが噂した。
それが遺跡で発動しかけた魔法の影響であることなど誰も知らないし、魔術士たちも多少精霊がざわついたのに気付いたくらいで、そこまでの予想をできた者は少ない。ただイェーガーの魔女たちと、アルフィリースだけは空を見て真剣な表情となっていた。
「遺跡でのあの膨大な魔力の気配――魔法だと思いましたが、こんな影響もあるのですね」
「水の魔法だったと思う。正式に発動していれば、この一帯は跡形もなかっただろう。いや、それ以上の威力だったかもしれない」
「何が原因で消えたかは不明だわ。だけど、四散した精霊でも影響がないわけじゃない。でも遅れて天候に左右するなんてね。改めて、魔法とは恐ろしいわ」
「魔女になっても、魔法が使えるわけじゃないものね。それは私もそうだけど。そう考えると、魔法が使えるライフレスやそれ以上の人たちがいて――あの戦いがあの程度で済んだのは奇跡よね」
アルフィリースがラーナ、ミュスカデ、クローゼスの気持ちを代弁し、3人の魔女は同時に頷いていた。
「それにしても分厚い雲だわ。長雨になるかしら? クローゼスの見立ては?」
「その可能性が高い」
「じゃあ明日も雨かしらね。みんな、十分に戦えればいいけど」
アルフィリースのいう皆とは、ライン、セイト、エルシア、リリアム、ドロシーだった。統一部門と女子部門で、8人中5人がイェーガー所属。快挙以外の何物でもない結果だが、アルフィリースとしては名誉よりも、今は何事もなく大会が終了すればよいと思っていた。
そしてアルフィリースが朝の連絡事項と本日の予定を執務室で幹部たちに伝えると、外では銀の一族のジェミャカとヴァトルカが待っていた。
続く
次回投稿は、2/3(水)10:00です。