戦争と平和、その654~大陸平和会議十一日目夜⑤~
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「さーてと。姐さんの試合はまだ続くし、さっさと飯を食べて引き上げますか」
「別にワタシに付き合う必要はなかったんだぞ?」
「ついでっすよ、ついで。さしもの姐さんも疲れているでしょ? 結構顔も売れたでしょうし、何かあったら大変っすよ」
「暴漢程度なら返り討ちにするがな」
手持ち無沙汰でアルネリア周辺をふらついていたのは、エアリアルだけではなかった。ブラックホーク2番隊のレクサスとルイも、ルイの戦いと統一武術大会の主だったところを見届けると仮眠を取った後、食事に繰り出していた。
ルイは一人で出ようとしたが、レクサスが割と真剣な表情で同行を申し出た。統一武術大会の準決勝進出ともなれば、顔も名前もそれなりに売れている。食事をとりたくとも、観衆に囲まれる可能性もあった。
宿で食事を取ろうとしたのだが、宿には宿で諸侯の遣いを名乗る者達が交互に押し寄せ、武芸者としてのルイに面会を申し込み勧誘しようと、列ができるほどだった。これはたまらないと考え、ルイは食事を満足に取ることもできず宿をあとにした。
レクサスはそんなルイを見て、諸侯の遣いを押しとどめると、隙をついて後をついてきた。そしてルイを今では先導して食事に誘っている。
「この先に静かな食堂があるんすよ。競技者同士が顔を見ないで済むように、配慮されてるんす」
「よく知っているな」
「下調べは俺の仕事っすよ? ふざけていられるのも、お仕事をきっちりこなすからこそ」
「ふん、まずかったらお前に払わせるからな?」
「味は保証しますし、そんなのなくても俺のおごりっすよ。女の姐さんには払わせませんて」
「・・・ワタシを女扱いするのはお前くらいだ」
ルイは内心で呆れるようなやや嬉しいような感情を抱く自分がいることに気付いたが、肝心の部分はレクサスには聞こえていなかったようだ。それよりも何かがあることに気付いたのか、じっと一点を見つめている。
「・・・あれ?」
「誰かいたのか?」
「いやぁ、見間違いじゃないと思うんすけど・・・ちょっといいっすか? あ、あと何か言いました?」
「聞こえていないならいい」
「すんません、ちょっと走ります」
レクサスが駆け足となり、誰かの跡を追い始めた。その動きは素早く、人ごみを器用に避ける。ルイはそれほど早くは動けなかったが、ルイが追いついた時にはレクサスは既に親し気に談笑していた。
「まさか、クイエットか?」
「ああ、やはりルイさんもいましたか」
「珍しいっすね~3番隊の副長さんとこんなところで出会うなんて」
ブラックホーク3番隊副長クイエット。ゼルヴァーの副官であると同時に、3番隊の交渉事を中心に行う二刀流の剣士だった。3番隊はゼルヴァー、ドロシー、ダンダ、ベルノーが敵を撃破する戦力であり、クイエット率いる残りの4人が裏仕事や交渉を引き受ける。そのため同じ3番隊でありながら、行動は別であることが多い。
またクイエット自身も敵との戦闘はあまり得意とせず、大きな戦いがない時は主に護衛などの地味な仕事を受けている。怪我をした団員の救護や見舞、入団希望の選定などをしたり、団そのものが雇われる際の交渉まで任されることがある。
元貴族に使える騎士だったという話もあるが、その経歴は傭兵の多分に漏れず、誰も知ることはない。だが愛想のよさと冷静沈着さ、そして堅実な仕事ぶりで団員に信頼されていることは間違いない。ルイ以外でレクサスがまともに会話するのはこのクイエットくらいだし、ルイもまた悪い印象を抱いていない。個性的な面々が多いブラックホークのなかで、数少ない良識を持つ男だった。
「どうしたんすか? ヴァルサスと一緒に北の戦場にいるとばかり」
「確かにそちらにいたんだが、にらみ合いが膠着したので暇を持て余しているんだよ。食料の問題もあるし、半分くらいの団員はもう戦線を離れている。私もこうして要人警護に来たというわけさ」
「いるんなら声かけてくださいよ~トーナメントに出ているんだから、俺たちがいるのは知ってたでしょ?」
「天覧試合からはね。あれほど長大なトーナメントに全て目を通すのは無理さ。それにあまり護衛の数もいないし、ほとんど傍を離れていないんだよ。こうして露店に繰り出すのも今晩が初めてさ」
「そりゃあつまんないっすね。ちなみにどこのどなたさんの護衛っすか?」
「ヘンメル王国のファルシュ公さ。知ってる?」
「いいや、全然」
レクサスの言葉に、浅黒い肌の小柄なクイエットが小さく笑う。
「だろうね。小さな国だから。まぁ平和会議が決まって移動中に護衛を募集するくらいだもの。供も少ないし、宿も貧相なもんさ」
「金払いはいいんすか?」
「護衛が少ない分、割はいいかもね。まぁ大人しい方だから、一緒にいて苦痛ではないけど」
「そりゃあ何よりっす。ところで俺達はこれから晩飯なんですけど、一緒にいかがっすか? どうせ他のメンバーも一緒なんでしょ?」
「他の連中は護衛中だよ。私も買い出しに来た程度だから、君たちとご飯を食べて酒が入ろうものなら、他の連中に文句を言われてしまう。ここで失礼するよ」
「そうなんすね。ところで珍しいっすね?」
「何が?」
「苛立ってる。クイエットにしちゃ珍しい。なんかありました?」
レクサスの指摘にクイエットの表情が一瞬固まり、そしてやや沈んだ。まずいことを聞いたかとレクサスは慌てたが、クイエットがいち早くレクサスの背中を叩いた。
続く
次回投稿は2/1(月)10:00です。