戦争と平和、その653~大陸平和会議十一日目夜④~
「まぁ、考えると割に合わないわけだ。獣将を2人まとめて倒すほどの力を持ちながら、同時にそれで名を挙げるわけでもなく、ただひっそりと暮らしているだけだ。南方戦線なんていう獣人と蛮族の争いにまで顔を出しながら、いったい何がしたかったのか? そんな相手の人物像が浮かばねぇ。人間という種族への理解不足かと思っていたが、剣の風がもし人間の世界で暮らす誰かなら――そう考えたわけだ」
「なるほど。だがそれには雇い主と獣将2人を始末するだけの理由が必要だな。アルマスでもないのに腕利きで、さらに金さえもらえばそれほどの危険任務でもやってのける。それほどの相手が思い浮かぶか、バネッサ?」
「知らないわよぉ、私はただの駒であって、思考するのはウィスパーの役目だもの。でも獣人も大変よねぇ。南方戦線って、もう百年以上も維持されているんでしょ?」
「散発だが、そのくらいは小競り合いが続いているな。蛮族とは和解したり滅ぼしたり、あるいは相手が魔物の大量発生の時もあるが」
「アレクサンドリアみたいね。あっちももう二百年以上辺境の部族と戦っているじゃない? それさえなければ、とっくに大陸の東側はローマンズランドとアレクサンドリア、グルーザルドで分割されているわよね。アルマスが武器を必死に供給しているのは主に西側だし、暗殺は東側でも請け負うけど」
その言葉にエアリアルとチェリオが同時に目を見開いた。その表情に、ぎくりとするバネッサ。
「な、なによぅ。言ったらまずかったかしら? な、内緒にしてくれる?」
「いや、そうじゃなくて・・・アレクサンドリアの話は本当か?」
「え、知らないの? 有名じゃない、アレクサンドリアが大陸最強の騎士団を要しながら、他の国に攻め入らない理由。別にアルネリアが仲介しているわけでも、アレクサンドリアのお行儀が良いわけでもないのよ? たんに領土拡大の戦争をしようとするたびに、辺境で魔物や蛮族が大量発生して、戦争のための余力が残らないだけって話で・・・アレクサンドリアは土地も肥沃だし、兵は強壮。そして人間が魔物に大々的に反抗するようになってから、最も歴史が古い国の一つ。あれしきの領土でいる方がおかしいと思わない?」
「・・・そこまでの情報はグルーザルドに流れてこない。各地に間諜をや流浪の獣人はいるが、アレクサンドリアの国内にはいないからな」
「え、そうなの? 私はてっきり・・・」
「・・・アルフィリースに聞いたのだが」
エアリアルが新たな酒瓶を開けながら割って入った。いつの間にかもう一段階強い酒が手元にある。そろそろ限界が近いチェリオとバネッサの表情が、ひくついた。
「ローマンズランド国内とその周辺国も、魔物の発生が多いそうだ。あれほどの常備軍を抱えている理由は、安定した労働の確保と魔物討伐のために常備軍を設置している方が安定するそうだ。そのぶん、ギルドへの依頼が乏しいのがローマンズランドの特徴かもしれない」
「誰からの情報だ?」
「ローマンズランドの王族とアルフィリースは親交がある。信憑性は高い」
「マジかよ」
「それは本当ね。私はギルドの酒場で働いているから、ローマンズランドとその周辺では荷駄や住民からの依頼がほとんどで、小規模な魔獣討伐が限界よ。アルネリアの関連施設も少ないから、疫病も流行るのはその周辺からだし」
「ってことは」
「アルマスではない。となれば、黒の魔術士の関係者なんでしょうね。そして剣の風らしき嫌な気配が漂っている国となれば――」
「「「ディールのシェーンセレノ」」」
3人の声が揃った。だが3人は笑うのでなく、神妙な顔になった。
「・・・会議では主導権を握っていると聞いている。その女が黒の魔術士の手先?」
「奴ら、どこまで仕込んでいやがる」
「まさか、誰も気付いてないわけ?」
「いや、さすがにドライアン王なんかは気付いていると思うが・・・怪しいとは思っているくらいかもしれねぇな。こうしちゃいられねぇ、すぐに報告をいれておくか」
「まぁ落ち着け、全て推論だ。それよりも、こうやってここで3人が出会ったことがある意味では奇跡のようなものだ。現場レベルでまだ話し合っていないことがあるかもしれない。どのみち会議は3日後までは動かないんだ。たっぷり話し合っていかないか?」
エアリアルがさらに強い酒をテーブルの上に並べたので、思わずチェリオとバネッサの顔が引きつった。それを見てエアリアルがふっと笑う。
「どうした、もう飲めないのか?」
「嘘・・・強いにも程があるわよ」
「なんで獣人よりも人間の方が酒に強いんだ・・・こうなりゃヤケだ!」
「じょ、冗談じゃないわ! いちぬーけた!」
「ほほぅ、アルマスの一番ともあろうものが逃げるのか?」
「アルマスは関係ないわよ!」
「ならば、バウンサーのバネッサが酒の誘いを断ると?」
「ぐっ、痛い所を・・・あー、わかったわよ! とことん付き合ってやるわ、こんちくしょう!」
「その意気だ」
その後酒宴は明け方近くまで続き、2人が脱落しそうになるとエアリアルは風の結界を弱めて周囲の注意を引いて、周囲から煽らせて2人に飲ませ続ける。そしてたっぷりと2人から情報を引き出し、その場の支払いを済ませて帰っていった。当然周囲の客の酒代も全てエアリアルが支払い、その場であったことは口止めもさせていた。
「(ふむ。儲けた金の使い道がなかったが、こういう風にも使えるな。風の精霊にこういう使い道があったとは。リサの能力と組み合わせれば、さらに有用なことができそうだが・・・剣の風には精霊も届かない。さて、どうするべきかはアルフィリースにも相談しておくべきだろうな)」
エアリアルは自ら役に立つべく方向性を模索していたが、一つの道筋が見えた気がして意気揚々と引き上げたのだった。
続く
次回投稿は、1/30(土)10:00です。