戦争と平和、その652~大陸平和会議十一日目夜③~
「げ、まだ飲むのか・・・ともかくよぅ、グルーザルドも変革の時期なのさ。そのことに頭が回っている獣将がどんだけいるんだって話でよ・・・そのあたりをドライアン王に腹を割って話されて、俺でも力になれるかもって思ったわけよ。俺は王に恩がある。体が満足に動くうちにやることをやっておきたいんだが」
「へぇ。スカした獣人だと思っていたのに、なかなか熱いじゃない」
「だから密偵の真似事もするわけか?」
エアリアルの突然の指摘に、チェリオの赤くなった顔が一気に醒めた。一瞬険しくなりかけた表情も元に戻り、平静を取り繕う。
「・・・どういうこったよ。俺が密偵だって?」
「我も嘘は下手だが、獣人というものはおしなべて腹芸が苦手だな。その程度の指摘で動揺してはいけない」
「この獣人さんが密偵? やっだー、どうしようかなぁ? 密告しちゃう?」
「お前もだ、バネッサ。アルマスの一番だろう?」
エアリアルの言葉にバネッサの顔から笑い顔が消えた。酒場の喧騒はそのままに、その席だけ音が消えたかのようだった。
「あんた・・・」
「まぁそう殺気立つな。この席の音は漏れないように遮断している。どうも遺跡から帰還した後、調子がよくてな。以前よりも精霊の声がしっかりと聞こえるようになったんだ。魔術も容易く扱えるし、聞きたくなくても噂話を呟いてくれる精霊が寄ってくる。こそこそしていると逆に目立つし、そしてよからぬ気配の相手がいれば教えてくれもする」
ただ座って静かに杯を傾けるエアリアルから、凄みを感じてバネッサとチェリオが仰け反った。チェリオはどうしたものかとエアリアルを睨んだが、いち早くバネッサがどかりと腰を下ろして酒を煽った。
「で、どうするつもり? 私がアルマスの一番だとして、何か交渉でもする? それとも誰かを殺す依頼でもする? タダというわけにはいかないけど、格安で一回くらいなら聞いてあげてもいいわよ」
「おいおい、アルマスの一番ってのはマジなのか?」
「だとしたら何? 元々秘密にしろなんて言われていないし、私は依頼の回数も少なければ、依頼の相手は確実に殺してきたから正体が知られていないだけ。アルマスにとって本当に大事なのは、ウィスパーの正体と大老の存在だけよ。番号付きなんて、所詮替えのきく駒。私も不要と判断されればいずれ切られる。能力が落ちて追い落とされる前に、あと数年で引退するつもりだったわ」
「なんだよ、そんなことが可能なのか?」
「ウィスパーには割と気に入られているのよ。それにアルマスに参加する時に引き換えで出した条件がそれだわ。私だって最高意思決定者の大老の存在は知らないし、アルマスの流通経路や取引先も知らないし、知りたくないわ。それを知ったら抜けられそうもないから、ウィスパーには教えないように頼んでおいたの。だからこそ、足抜けも可能よ」
「賢い女だな。そういう判断が獣人どもにもできりゃいいんだが」
チェリオは純粋に褒めたが、バネッサはウィスパーの正体を知っていることは黙っておいた。ウィスパーの本体を見たことがある、大老以外のただ一人の存在だが、そのことを言うわけにはいかなかった。どのみち引退してもウィスパーの監視はつくだろうが、それくらいはバネッサも構わないだろうと考えている。引退後の平和を乱されるのは御免だったが、母が死んでしまった今となっては、その執着すらも徐々に薄れていることを感じている。
だが静かにじっと2人を見つめるエアリアルの視線は、バネッサにとっても不気味だった。賭け事においてエアリアルの相手も同じことを感じるが、エアリアルの狙いが全く読めないのだ。
エアリアルは静かに2人に告げた。
「別に知ったからといってどうもしない。諜報戦など、どこの国も集団もやっていることだ。我々とてそうだし、リサという優秀なセンサーがいるからこそ成り立つ作戦や依頼もある。
だが2人なら感じているかもしれないが、見逃せない奴が1人いるな? とある人物の傍にいる、不穏な風を纏う奴だ」
エアリアルの言葉にバネッサが納得の表情をする。
「ああ~あいつね? なるほど、その話題をするなら私とチェリオは適切かも」
「おい、俺は確証はないぞ?」
「ならエアリアルの言っている相手のことを当ててごらんなさいな」
「・・・あー、シェーンセレノの傍にいる、剣の風のことか?」
「正解だ」
「正解よ」
エアリアルとバネッサの返事が同時だったので、チェリオは大きく息を吐いた。
「やっぱり、気のせいじゃなかったのか」
「剣の風のことを調べていたの?」
「いや、それはたまたまだ。獣将2人がある日南方戦線で殺された調査をしていたな。ひょっとしたらその可能性もあるかと思っていたんだ」
「獣将2人・・・まとめて死んだの?」
「ああ、正面から急所を一突きだ。バネッサ、お前ならできるか?」
バネッサは首を横に振った。
「無理ね。たとえ2番や3番でも無理だと思うわ。1人ならまだしも、2人となるとそんなことができる者はアルマスにはいない。ウィスパーでもきっと無理よ」
「そうか・・・グルーザルド内ではアルマスがやったという説が有力だったが、俺は違うと思ったんだ。根拠はなくただの直感だったが、ロッハ将軍とは別の線で動くことにしたんだ。ここでお前に知り合えたのは僥倖だな」
「私が嘘を言っているかもよ?」
「いや、最初から剣の風のことを俺は疑っていたんだ。それにお前の戦い方を見ていて、暗殺というよりは正面からの一対一を基本とすることがわかった。それがわからないほど俺もロッハ将軍も節穴じゃねぇ」
「なんだかこんなに褒められると、むずむずするわ」
バネッサが蠱惑的に体を揺らしたが、チェリオはそれどころではないのか無反応に続けた。
続く
次回投稿は、1/28(木)11:00です。