戦争と平和、その651~大陸平和会議十一日目夜②~
「相手はどう考えてるんだ?」
「それがわかったら苦労はせえへんけど――そうか、そうやな。ワイは相手の考えに無頓着すぎたんか。したら、なんとしても相手の考えを聞かへんとなぁ」
その時、ブランディオの瞳が怪しく光った気がした。その光にジェイクはぞくりとしたが、ブランディオの表情はすっきりしたように元の明るさに戻っていた。
「あんがとさん。いやはや、話してみるもんやな。考えがまとまったわ」
「・・・役に立ったんなら、何よりだよ」
「おうおう、役に立ちまくりやで。これは一つ借りってことにしとく。巡礼のブランディオの力が必要なら、いつでも声をかけてや」
「必要になったらな」
ジェイクは何かを言いたかったが、言葉にならなかった。漠然とした不安だけが残ったからだ。何か取り返しのつかない方向に男の背を押した。そういった気がしないでもなかった。
だがブランディオの方が何かを思い出しように振り返っていた。
「せや、まっすぐなボウヤに一つ忠告しといたる」
「なんだよ」
「あんさん、この深緑宮に違和感があらへんか? 特に中庭とか」
「? いや別に――」
ジェイクはそう答えかけて、確かに何かが変わっているような気がした。だが回りを見渡してもおかしいところは何一つなく、それが何かを意識することはできなかった。
ブランディオは小さく笑った。
「あんさんで感じ取れんってことは、やっぱり間違ってはないんやろなぁ・・・」
「何がだよ?」
「いーや、こっちのことや。ただいつも変化に注意しいや。そしてもし違和感をこの深緑宮に抱いたら、何を置いても全力でその場を離れることをお勧めするわ。躊躇すんなよ?」
「深緑宮を逃げだす? なんでそんなこと――」
「忠告したでぇ~。ほんならおやすみや。明日、ワイはお偉いさんの迎えがあるからの」
ブランディオは背中を向けたまま手を振って消えていったが、ジェイクはその姿が見えなくなった後でもう一度深緑宮を見渡していた。夜風は涼しく、夜の帳は過ごしやすく穏やかで、ただ中庭の白い木々が少し揺らているだけで、そこにはいつもの正しい空間があるとしか思えなかった。
***
「おっちゃーん、こっちもう一本追加よ!」
「いや、三本頼む! もう少し強い酒をくれ!」
「やれやれ、飲み比べじゃないんだぞ」
呆れるエアリアルの前で楽しそうに酒杯を酌み交わすのはバネッサと獣将のチェリオ。昨晩の戦いからイェーガーに帰ったエアリアルは特に仕事もないため、まず仮眠を取ろうと自室のベッドに突っ伏した。目覚めると時刻は夕方で、既にその日の武術大会は終わっていた。
身だしなみを整えて食堂に向かうと、食堂ではそれぞれがセイト、ラインの準決勝進出を喜び、エルシアの予想外の健闘を称え、さらにはドロシーまでもが反対側でディオーレと対決することが決まり、新入りのリリアムまでもが女性部門で準決勝進出ということだった。その日の戦いぶりは団員の話の端々から想像がついたものの、流れに乗り遅れたエアリアルはその場で食事をするのがなんとなくいたたまれず、その場所をそっと離れた。
「ウィンティアはいない、か」
ウィンティアに昨晩の出来事を話して聞かせたかったが、姿が見当たらない。ふらりと出た先で食事を取ろうとするとバネッサと偶然出くわし、そして人懐こく迫って来たバネッサト共に食事をすることになった。天覧試合で戦った2人だが、バネッサはまったく気にしていないようだ。
その強引さはアルフィリースにも通ずるところがあり、エアリアルは苦笑しながら共に食事をとることにした。そして座った隣の席が、たまたま獣将のチェリオだった。話したことはないが、武術大会のせいで顔は互いに知っている。バネッサはチェリオにも声をかけ、最初は渋っていたチェリオもそのうち酒が入るとほだされていった。
そうしてこの奇妙な組み合わせができたのだった。
「へぇ~グルーザルドにも身分差別があるのねぇ」
「身分差別ってほどじゃないが、出身地による考え方の相違は大きいな。貧しい所、そうでもないところ。やはり獣人は人間ほど体制に従順じゃない。いくらドライアン王が偉大なことがわかっていても、それに従うのをよしとしない連中は多いってことよ」
「でもあなたは従ったんでしょう?」
「ドライアン王は服従を強制しないからな、居心地は悪くない。それに一度こてんぱんにされりゃ、大人しく従うのが獣人ってもんだ。人間から見りゃあ野蛮かもしれねぇが、社会構造は余程単純だぜ」
「まぁねぇ。だけど、あなたはそれが良いとばかりも思っていないんでしょう?」
「まぁな」
チェリオがぐいと瓶ごと酒を飲み干した。この3人はいずれも相当イケる口だ。先ほどからわざわざグラスに注ぐのをやめ、瓶から直接飲んでいる。空になった瓶が凄まじい勢いで積まれるに従い周囲の注目を集めたが、この3人の会話に割って入れる者はいなかった。
「獣人にも少なからず知恵の回る連中はいる。そいつらが人間のようによからぬことを考えている可能性もある」
「政権の転覆とか?」
「グルーザルドじゃあ無理だ。少なくとも、ドライアン王が健在の間はな。だが次は? ドライアン王の種族じゃあ、全盛期の力を保っていられるのも、あと20、30年ってところだろう。有力な後継者候補はいるが、絶対的な候補はまだ見当たらねぇ」
「ロッハ将軍とか?」
「妥当ならそうだが、確実に反乱は相次ぐだろう。ロッハなら倒せる、そう考える奴が出て来ても不思議じゃない」
「あなたも?」
「今のところ、10回やれば2回くらいは勝てるかもな。だがロッハ将軍は上のことも下のことも考えられる人材だ。反逆してまで俺が王になる理由がないし、俺が王になったらもっと反乱は増える。面倒くさいのは御免だし、俺の種族はさほど人間と寿命が変わらない。ドライアン王の治世が終わる頃には、俺も引退さ」
チェリオがさらにもう一つの酒瓶を飲み干した。エアリアルが静かにさらに強い酒を10本ほど追加していた。さすがにチェリオの顔が赤くなってくる。
続く
次回1/26(火)11:00です。