戦争と平和、その650~大陸平和会議十一日目夜①~
ラファティはため息とともにジェイクの頭を撫でた。
「とにかく仮眠を取り給え。まだ統一武術大会は続く。その後の平和会議は早ければ翌日にも終わるが、諸侯が引き上げるにはしばらくかかる。遺跡の後始末と調査は、下手すれば月単位の大仕事だ。我々が休暇を取るのは数ヶ月後になるだろう。しっかり休んでおかないと、体がもたないぞ?」
「・・・了解しました。中隊長ジェイク、小休止をいただきます」
ジェイクがぴしりと胸に手を当てて敬礼しその場を去るのを見て頼もしく思う反面、このような少年にそうさせざるをえない自分たちを不甲斐なく思うラファティ。
そしてジェイクは引き上げる途中で、ふと思い出したことがあった。
「あ、昨日のこと――何があったかラファティさんに聞くのを忘れたな」
昨日、アルネリア正門前で小競り合いがあったことをジェイクは小耳にはさんでいた。マリオンとミルトレとは直接会っておらず、また顔も合わせづらいために詳細を聞いてはいないが、珍奇な者の襲撃に会って周辺騎士団にも少なくない被害が出たと聞いている。
ラファティは当然そのことも知っていると思うのだが、質問するのを忘れていた。ジェイクの勘が、なにかが妙だと告げているのだ。
「とはいえ、終わったことだと思うんだけどな。何がひっかかるのやら・・・と、あれは?」
ジェイクは休憩用の部屋に引き上げる際に、知った顔を見つけた。憔悴しているように見えるが、その顔はいつかの悪霊退治で同行してくれた巡礼のブランディオだった。平和会議にあたり召集されているのか何度か顔を見てはいたが、直接話しかけるのは久しぶりだった。
かつては薫陶も受けた相手である。ジェイクは園庭に新しく設けられた白い椅子に腰かけて座り込む男に声をかけた。月夜に白い僧衣が浮かぶ姿が妙に様になるのは歳の功なのかと、ジェイクはそんなことを考えていた。
「ブランディオさん、ですよね?」
「・・・なんや、ジェイク少年か」
その口調にブランディオ本人だと確信を持つジェイクだが、憔悴していることもまた確実だった。
「なんだとはひどいな。久しぶりに会ったから、礼の一つでも言いたかったのに」
「礼を言われるようなことはしとらんよ。あんさんが出世したのは、そうなるべくしてそうなったからや」
「それでもだよ。それより、そっちこそ明るさだけが取り柄のくせに何やってんだよ、こんなところで」
「そっちこそご挨拶や。こう見えて有能かつ引っ張りだこなんやで? 夜くらい休憩させろっちゅーに」
「有能な奴がこんなところで、一人ぼっちで落ち込むかよ。一人で目立たず落ち込むか、誰かに相談するかしやがれ」
「けっ、言いよるわ。どこで落ち込もうがワイの勝手や」
ブランディオが悪態をついたが、その声には明らかに力がない。天を向いて大きく息を吐いた。そしてしばらくすると、独り言のように話し始めた。
「・・・これは独り言や。20代も半ばのワイが少年に愚痴なんて、するわけあらへんからな」
「夜にやかましい梟が鳴いていたと記憶しておくさ」
「ホンマ可愛げのない・・・ワイはだいたいのことは器用にこなしてきたつもりや。任務、出世、上司や同僚とのつきあい、女関係。だいたいがワイの思う通りに進んどる。世はなべてこともなし。それがワイの理想やった」
「・・・」
「何にも興味が湧かんと言えばそうやし、逆にそれなりに熱中するけどそれまでや。執着なんかあるから争いが始まる。ワイは争うなんてまっぴらなんや。そんなことに心をささくれ立てるのは性に合わん。そう思っとった」
「惚れた女でもできたのか?」
ジェイクの指摘にブランディオは目を丸くし、そしてふっと笑った。
「さすが恋路に関しては先輩や。ジェイク先輩、ご指導たのんますわ。惚れた女を口説き落として同棲するには、どうしたらよろしいんでっか?」
「ちょ、やめろ」
「ははっ、冗談や。久しぶりに笑わせてもろたな――けど結果は笑えんくてな。相手から色よい返事をはっきりともらう前に、相手は遠いところにいきそうなんや。どうしたらええと思う?」
ブランディオの言葉にジェイクは首をひねって悩んだ。この男の質問は遠まわしだが、本気だ。下手な返事は相手の人生に影響があるかもしれない。だが時間を置けば男は興味を失くす。そう考えたジェイクは短時間で疲れた頭をフル回転させ、自分なりの結論を伝えた。
続く
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