戦争と平和、その648~統一武術大会女性部門③~
ロゼッタが呆れる。
「アルフィ~お前のせいだぞ?」
「へ? 何が?」
「エルシアまで奇策を弄し始めたじゃねぇか! イェーガーには、まっとうな戦いをできる奴は一人もいねぇのかってなっちまうぞ?」
「傭兵なんだから別にいいのよ。それに勝つためならなんでもなるのと、道義から外れたことをするのは違うわ。イェーガーは奉仕活動や地域貢献、施療院での手伝いや貧民街での教育なんかの慈善事業にも人を割いている。大丈夫よ、多分」
「多分ってなんだよ!」
ロゼッタだけでなく観客もざわめていたが、エルシアの耳には届かない。ヤオは一瞬首をひねったが、考え込むのを辞めた。どうせ考えても分らないことはわからないからだ。
「(まだニア姉さんみたいに深く考えることは苦手だな・・・エルシアの意図は読めないが、小細工を弄される前に速攻で決めてやる!)」
「始め!」
開始の合図と同時にヤオが動いた。だがエルシアは開始の合図よりもやや早く、手に持った袋をほどき始めていた。
直接的な攻撃でなければ確かに反則とはなりがたい。審判も気付いてはいたが、減点とするべきではないと考えたのか、挙げかけた手が止まる。
「やっぱり馬鹿正直ね。速攻なんてさせないわ」
エルシアの呟きと同時に、大量の撒き菱がエルシアの周辺に落とされる。ヤオがすんでのところで足を止めた。
「こ、これは」
獣人とて靴は履く。本来必要とはしないが、人間世界に溶け込むうえで、あるいは長旅などでは足を保護する意味で靴を履く。一方で戦いの際には靴を外すことが多く、特にヤオのように足さばきを得意とする者はなおさらだ。
木製の撒き菱とて、体重をかければ痛いものは痛い。ヤオが撒き菱に注目して躊躇すると同時に、エルシアは左手の指で弾くようにして木製の球を放った。ヤオが気付いた時には肩の風船を一つ割られていた。
「うっ?」
「そっちは近寄れなくても、こっちはどんどんいくわよ?」
エルシアがレイピアを腰にさし、両手で木製の球を投げつけてきた。大量に準備されたそれを捌くことはヤオには容易だが、既に点数で不利になっている。このまま時間制限を待つだけでもヤオの負けだった。
撒き菱を足で払いのけながら前進すればいいのだが、エルシアの投擲となると減点は避けられない。だが仮に全ての風船を割られたとしても、残り30秒で仕留めれば――
「(いや、仕留められるのか?)」
それほど生易しい相手なのか。ヤオが決めかねている間にエルシアの木製の球が尽きた。腰の袋から補充しようとした時、ヤオにちょっとだけ余裕ができた。その視野に、エルシアの手前、丁度ヤオが踏み込む空間があることに気付く。
「勝機!」
あそこに足を置いて蹴りを出せばエルシアをはじき出せる。一撃では無理でも、片足さえ置ければその場での攻防でエルシアより有意に立てる。迷わずヤオは突撃した。
その動きにエルシアの口元が綻んだ。
「・・・やっぱり、そこに足を置きたくなるよね」
ヤオがエルシアの微笑みに気付いた瞬間、置こうとした軸足に違和感があった。平たい空間のはずなのに、足に何かを踏んづけた感覚がある。
あっ、と思った時にヤオの体は宙に投げ出されていた。エルシアを何とか掴もうとしたが、エルシアはヤオの手をするりと避けた。
宙に投げ出された状態で、ヤオは自分が踏んづけたものを確認した。よく見れば、透明な球がその場で回転していた。なるほど、あれを踏んづけたなら、勢いよく飛び出した自分が弾かれたのもわかる。だが、いつ投げたのか。指で弾ける大きさではない。それだけがヤオにはわからなかった。
「勝者、エルシア!」
「相手が勝手に足を滑らせてまた勝ったぞ!」
「これで準々決勝進出だ!」
「いや、準々決勝の相手のティタニアは勝ち上がってから辞退したから、準決勝進出だ!」
「まさに幸運の姫騎士だ!」
予想外の結末に観客が大いに盛り上がり、ヤオに賭けた人間は掛札を放り投げ大きくため息をついた。当のエルシアは小さく胸を撫で下ろして深呼吸を一つすると、審判が見ていない隙にレイピアで透明な球を回収し、小さく四方に挨拶をして段上を去った。
エルシアのやったことがわからない者たちは観客席で唸っていた。
「ようアルフィ、ありゃあ何か踏んづけたのか?」
「でしょうね。木製以外の武器は反則だけど、ばれなければどうってことはないわ」
「ずりぃな。だけど、そういうの好きだろ?」
「お互いにね」
ロゼッタとアルフィリースが顔を見合わせてくすりと笑った。だがロゼッタは首をひねる。
「だけどわっかんねぇのは、いつ透明な球を投げた?」
「多分、ヤオの風船を割る直前かな」
「正確には、後ろ手のまま空に向けて三個投げていた。器用な子」
いつの間にか傍にいたルナティカが唸った。昨晩の遺跡の件で報告があると聞いていたアルフィリースだが、あまりに疲労したのでレイヤーともども仮眠が欲しいと申し出ていたルナティカだった。休養を申し出るのは非常に珍しいことなので、アルフィリースは当然の如く許可したが、どうやら起きてきたようだ。
「後ろ手のまま? マジかよ」
「他の者がどう思っているか知らないが、エルシアの投擲技術は天性の才能。あれは私にも真似できないし、恐ろしいのは跳弾や曲線までの軌道を完璧に制御できること。木製の撒き菱のばらまき具合を見て、ヤオが足場にしそうな箇所を瞬時に見抜いて後ろ手に投擲した。しかもヤオが踏んだら滑るように、回転をつけて」
「器用の域を超えているわね」
「撒き菱の場所を制御したわけではないだろうから、もし隙間ができなかったら負けていたのはエルシアだった。あるいは足場が出来過ぎてもだめだし、ヤオが悩まなくてもだめ、一瞬で足場を見抜いても。あの方法は賭けだったはず。それでも足場になりそうな場所に一瞬で三個投げたのは凄い」
「女性部門の準決勝進出は実力相応ってことか。褒めてやるか」
ロゼッタが行こうとして、ルナティカがその肩を掴んだ。
続く
次回投稿は、1/20(水)11:00です。