戦争と平和、その647~統一武術大会女性部門②~
「両者、段上へ!」
本戦準々決勝で棄権2名が出たこともあり、女性部門への盛り上がりと期待は大きかった。入場券に賭けた金を無駄にしたくないという思いもあり、想像以上に注目が集まったのだ。そして進行が遅れたせいで天覧試合ともなっており、貴族の多くもそのまま残っていた。
そして本戦の分も盛り上げようと、解説にも熱が入る。
「さぁ、女性部門も四回戦だ! 今回も天翔傭兵団同士の戦いだ! 女性部門の本戦出場者のうち、半数近くがイェーガーの出身という驚異的な占拠率! 注目の獣人の戦士ヤオ! そして対するは、難敵を幸運も手伝って撃破してきた幸運の姫騎士エルシア! どちらが勝つか、予想と懐の準備はできているか!?」
「盛り上げろとは言ったけど、誰が賭けを煽れと言ったのよ・・・アルネリアが賭けを煽ってどうする」
ミランダが本部で頭を抱えた。ではその手に握った賭けの紙は何なのかと指摘しようとして、アルベルトはやめておいた。
「司会も下手くそねぇ・・・ウルティナはどこ? あの子の司会が結構評判よかったんだけど」
「さて、姿を見ていませんが」
「そういえばブランディオも姿が見えないわね・・・昨晩の深緑宮の守りを任せていたはずなのに、2人揃ってしけこんでいるんじゃないでしょうね」
「どうでしょうか・・・ラペンティを呼びますか?」
「あの2人が姿を見せなかったら、ラペンティに司会をさせてやるわ。これは罰よ、罰」
「罰はさておき、ミランダ様が司会をした方が盛り上がると思いますが?」
「それ、冗談じゃなくてそうなっているのよ。マスターに朝言われたわ。決勝の司会はお主じゃからよろしくなと。嫌よ~目立ちたくない~」
ミランダが頭を抱えて悶えていたが、巡礼の旅で散々目立っていたのですが、と言いかけてアルベルトは再び思いとどまった。ミランダが「やらかした」際の口止めに少なくない手間と金がかかったことは、ミリアザールとラザール家だけの機密事項だ。代々のラザール家当主は、墓まで秘密を持っていった。きっと自分もそうするだろうと思うアルベルトだった。
一方でイェーガーの面々も賭けをしていた。ここにきてエルシアのことをよく知らなかった団員も、エルシアに注目するようになっていた。
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃあヤオだろ? お前、練習でヤオから一本取ったことあるか?」
「ないな」
「俺もだ。ヤオがまともに戦って負ける姿が想像できねぇ」
「でも本戦では負けたぞ?」
「まぁそうだけどよ。でもエルシアにあんな戦い方は無理だろ?」
「ってか、あんな子いたんだな」
「お前は最近入団したから知らねぇけどな、結構初期からいるらしいぜ? ただ傭兵として働くようになったのは最近で、それまでは下働きやら訓練やらが中心だったらしいからな。まだあの年齢じゃしょうがないだろうよ」
「練習では割と良い動きをすると思ったけどな」
「そうだったか? 印象にねぇよ」
大所帯となったイェーガーでは、まだ仲間たちもその程度の認識でしかない。そして古参の仲間や、幹部の間ではロゼッタがアルフィリースと話し込んでいた。
「なんだあの姫騎士ってのは?」
「さっき係の人に言って、盛っといた」
「おいおい、道化になっちまうぞ? 貧民あがりの姫たぁ、なんの冗談だ?」
「そうかな? 二つ名に現実をすり合わせてもいいと思うわ。磨けば光るのは間違いないわよ」
事実、エルシアの金髪は手入れをきちんとすればかなり輝くのだ。栄養不足気味だった体も成長してきたし、化粧を磨けばかなり見栄えをするのはロゼッタもわかっている。
もちろん、戦士としての素材の良さも多くの隊長が認めている。
「そりゃあそうだ。正直、エルシアは天才だと思う。剣の才能ではアタイよりもだいぶ上だろうよ。だが骨格がいかんせん小せぇ。人間にしてもやや小柄な部類に入るだろう。結局のところ、戦いってのは体格がある程度ものを言¥いうからな。人より優れるには、それほど血反吐を吐くような努力が必要だ。そこまで根性があるようにも、戦う理由があるようにも見えねぇよ」
「ディオーレという前例があるけど?」
「ありゃあ覚悟して騎士の世界に足を踏み入れた化け物だ。そのディオーレですら、最初の50年ほどは一軍人だぞ? 長く最前線にいたせいで強くなったに過ぎねぇんだ。エルシアが頭角を表すにしても、10年は先のことだろうよ」
「そう、かなぁ?」
アルフィリースには何かの予感があるのか、興味深そうに成り行きを見守っていた。
そして段上では軽くウォームアップをするヤオ。その動きは一目でキレているとわかる動き。対するエルシアは、直立不動でじっとその動きを観察している。そして手には大きな袋があった。何が入っているかは誰も知らないが、何かしらの仕掛けを考えているのは明らかだった。
エルシアはヤオの動きを確認すると、審判の方をくるりと振り向いた。
「審判、確認よ。開始線はあるけど、その後ろから始める分には問題ないわね?」
「はい。開始線はこれ以上接近しないようにとの目安なので、この後ろから始めることには問題ありません」
「じゃあここから始めても問題ないわね?」
エルシアは競技台の一番後ろまで下がった。踵が競技台から出ないぎりぎりまで下がり、足元を確認している。エルシアの行為に観客はざわつき、アルフィリースは目を輝かせてエルシアの意図を読もうとしていた。
続く
次回投稿は、1/18(月)11:00です。