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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その646~統一武術大会女性部門①~

「相手の手の内を知っていればなんとでもなるわ」

「とはいっても、ティーロッサは本戦でも女性としてはだいたい一番上まで勝ち上がる選手だぜ? 今回の女性部門でも優勝候補の一人だった。それをあっさり倒しておいて、お前さ」

「騎士ってのは、おおよそ足元がお留守よ。ライン副長の指導でも言われていたけど、膝下に攻撃するような剣技は騎士剣にはほとんどないそうね。最初の攻防さえある程度互角に凌げれば、攻めに転じた相手の足元に木球を転がして場外に誘うくらいわけないわ」

「・・・そんなもんか?」


 ロゼッタはエルシアの応援についていたが、最初の攻防自体もかなり激しかった。それを余裕をもって凌いだだけでも大したことだというのは、理解していないのだろう。

 それにティーロッサの足元に木球を打ち込んだのは、一切視線を動かさずにエルシアはやってのけた。予備動作もほとんどないうえに、投石の正確さ。それにロゼッタの見間違えでなければ、木球は凄まじい回転をしていた。でなければ、ティーロッサがあれほど盛大に滑ったりはすまい。


「あの勝ち方。恨まれるぞ、お前」

「盛大にずっこけていたわね。ちゃんと握手には応じていただけたけど」

「会場でも失笑が起きていたし、ティーロッサも呆然としていたじゃねぇか。ありゃあ三日三晩はうなされるやつだ」

「ご愁傷さまとしか言えないわ」


 エルシアは無表情で言い放ったが、たしかに貧民街上がりの傭兵が、貴族の騎士に勝ってかける言葉などありはしないだろう。


「サティラはどうなんだよ? 予選で負けていたじゃねぇか」

「ああ、そんなこともあったわね。でも実戦ならともかく、競技会ではもう負ける相手じゃないわ」

「言うねぇ。見切ったのか?」

「そんな大層なものじゃないけど・・・彼女の戦法は大盾で守備を固めての前進でしょう? 打ち込ませて隙を誘う。あるいは回り込もうにも盾を構える方が早いわけだから、攻めあぐねて相手はミスをする。アルフィリースの戦い方は参考になったわ」

「ははぁん、それであの仕掛けか」


 エルシアは予備の武器として、木柱を準備していた。どっしりと構えるサティラに対し、投擲で牽制しながらそれらをサティラの周囲に均等に並べていく。そして木柱の檻ともいえる状況を作り出し、取り出した木球を次々と投げつけて跳弾を作り出した。回転をかけて複雑な軌道を描く複数の木球はサティラの背後から風船を叩き割り続けた。

 全ての風船が割れたところでサティラは攻撃態勢に入ったが、大盾を持ち上げた瞬間に死角から回り込んだエルシアが喉元にレイピアを突きつけていた。


「憂さ晴らしはできたんじゃねーの?」

「憂さってほどのものではないわ。勝つべくして勝った、それだけよ」

「次のアルフィリースはどうするんだ?」

「やれるだけのことをするだけよ。奇策奇襲でアルフィリースに勝てるとは思っていないわ」

「そりゃそうだ。卑怯を学ぶならアルフィリースだもんなぁ」

「卑怯とは思わないけど・・・」

「そのことだけどごめんなさい、棄権するわ」


 控室に突然現れたアルフィリースが、両手を合わせてエルシアに謝罪した。ロゼッタはびっくりしたが、エルシアはちょっと驚いただけで小さくため息をつくにとどめた。


「・・・やっぱり利き腕?」

「バレてたか」

「そりゃああれだけ苦しそうにルイと戦えばね。ひどいの?」

「折れてはないけど、無茶したから少々時間がかかるみたいってユーティがね。無茶しすぎって肩を蹴飛ばされたわ」

「馬鹿ね。じゃあ遠慮なく次の試合への権利はもらっておくわ」

「で、私が相手だ」


 アルフィリースの後ろからヤオがひょっこり顔を出した。既に三回戦を終えたヤオが姿を現したのだ。

 ヤオは手を出して握手を求めた。


「悪いが私も軍人として手を抜けない。危ないと思ったら早めに棄権することだ」

「何それ、気遣いのつもり?」

「そうじゃない。エルシアの剣が鋭くなっているから、手抜きでは相手できないということだ。下手したら再起不能まで追い込みかねない。そんなことはしたくないってことさ」

「ふぅん。自分が負けるとは微塵も考えていないのね」


 エルシアの言葉にヤオが目を丸くしたが、それは全員が同じ感想だった。ヤオは本戦でウルスにこそ遅れをとったが、真向からヤオと戦って勝てる者は現在の獣人の派遣部隊にはほぼおらず、イェーガー全体でも誰と戦っても五分以上の戦績を治めている。

 戦場ならいざ知らず、限定空間での立ち合いならヤオより強い者はいない――誰もがそう考えていたのだ。だがエルシアはヤオと握手するのではなく、強気にヤオの手をぴしりと叩いてくるりと背中を向けた。


「試合前に握る手を私は持たないわ。悪いけど、試合が終わってそれでも私と握手したければ応じるわ」

「・・・わかった」


 エルシアの態度に眉をひそめた者もいるが、アルフィリースと当のヤオは小さく笑っていた。


「気合十分ね。悪く思わないでいてあげて?」

「ああ、失礼だったのは私の方だ。遠慮なく、全力で叩き潰すつもりでいこう」


 ヤオがぐっと叩かれた手を握り込んだところで、ヤオとエルシアの名前が呼ばれた。統一武術大会女性部門四回戦である。



続く

次回投稿は、1/16(土)11:00です。

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