戦争と平和、その644~統一武術大会準々決勝⑤~
「嘘でしょ・・・?」
「段上で耐えたどころか、何ともない、だと?」
段上で立っていたスウェンドルだが、槍はいつの間にか地面と背中を支える支柱のように置かれ、スウェンドルが安堵の表情を見せていた。槍を回収して再度構えると、その強度を確認する。
オルルゥがスウェンドルのしたことを見て、目を見開いていた。
「――あるふぃりーす、アノオトコのヤッタコトがワカルか?」
「・・・槍を使って衝撃を地面に逃がした?」
「タブン。ナガラクジュウジンタチとアラソッテキタが、アンナトオアテのヨケカタはハジメてミタ。ワタシにもデキナイ」
オルルゥの表情にはやや羨望の色が見え隠れしたが、そのことをアルフィリースは指摘しなかった。
ざわめく会場をよそに、スウェンドルは冷静に状況を分析していた。
「――さて、盛り上がりは充分だろう。そろそろ幕の引き時と考えるが、やられっぱなしは好かん。俺も一撃出すが、よいか?」
「・・・無論だ。受けてしんぜよう」
「それはちょっと違うな。受けるのは不可能だ、特におまえの様な極上の戦士ならなおさらな」
「? それはどういう――」
ドライアンが何事かを言おうとして、スウェンドルの槍が一瞬揺れたような気がした。その直後、スウェンドルの槍が砕けたのだ。木製の槍とはいえ、折れたのではなく砕けた。その不可解な事実とともに、スウェンドルが競技場から降りる。
「ふん、木製の槍ではこんなものか。いや、むしろ強度があったからこそ俺は無事だったか? アルネリアめ、木材でこれほど良質な武器を作るとは、地味なところで良い仕事をする」
「待て――何をしたスウェンドル?」
「やはりお前は極上の戦士だな、獣人の。互いに立場がなければと、少し考えてしまったぞ。胸を見ろ」
「胸を――?」
スウェンドルの指摘通りドライアンが胸を見ると、心臓の場所の服だけが破れていた。ドライアンですら見るまで気付かない一撃。ドライアンは背中をつたう冷たい汗というものを、十数年ぶりに味わっていた。
「これは――それが鉄製の武器なら死んでいたか」
「それはどうかな、鉄製の武器ではこれほど上手く繰り出せなかっただろう。俺もまだ修練不足だ」
「貴様――それほどの武芸の腕前を持ちながら、なぜ愚王のふりをする?」
「国を富ませることができない王は須らく暗愚だ。そういう意味では俺もお前も暗愚だが、お前は自覚があるだけマシな愚王だ。今回の集まりで暗愚ではない君主となれば、レイファンの小娘くらいだ。あれは良い王になる。同盟を結ぶのなら末永く結ぶことだ」
「スウェンドル、貴様は――」
「その先は口にするなよ、獣人の。俺たちは敵同士だ。貴様には期待しているぞ?」
スウェンドルは立ち尽くすドライアンを置き去り去っていった。思いのほか高次元だった戦いに観衆は満足し盛大な拍手を送ったが、それに応えるように右手を挙げたスウェンドルを見て、アンネクローゼは見たことのない父の背中から目が離せなかった。
そしてふと隣を見ると、オルロワージュが呆れたようにため息をつきながら羨望の眼差しを送っていたのが意外で、アンネクローゼはその光景を終生忘れ得ないような気がしていた。
控室から退場したスウェンドルだが、そのまま自分の天幕に向かうつもりでいた。貴賓席に戻っても、他の諸侯から質問攻めにあう可能性があったからだ。だがその前に出番を待つバネッサが堂々と立ちはだかった。
「王様、凄いじゃない」
「・・・バネッサだったか? ウィスパーは息災か?」
その言葉は、自分がアルマスの関係者だと知っているということ。スウェンドルの情報網はどうなっているのか一瞬気にかかるバネッサだが、この男ならなんでもありえると思い直した。
「活動できるくらいには元気ね。ところで一つだけ質問をよろしい?」
「俺は気分がいい。一つくらいなら貴様の強さに免じて許そう」
「それはどーも。あなたとドライアンが組んだら、あの貴賓席にいる不気味な奴を追い出せるわよね? なんでそうしないの? アレクサンドリアの使節代表を殺したのもあれでしょう?」
バネッサの質問にちらりと貴賓席の方を見るスウェンドル。だが冷笑を浮かべて否定した。
「ドライアンがもう少しまっとうでなければな。拳を交えて確信したが、あれは正直すぎる。あの手の輩には不覚をとるだろうよ。巻き添えは御免だ」
「じゃあほったらかし?」
「いや、収穫はあったさ。まさか『剣の風』が事象ではなく、現実に存在するとは思わなかった。姿を確認できないのは悔やまれるが、剣の風などを引き連れているあたり、やはり『奴』もまっとうではあるまい。今は役に立つが、いずれは退場願わねばなるまいな」
「それなのに今は仲良くしているわけ?」
「それが政治だ」
スウェンドルの言い方にバネッサが呆れる。
「私には無理だわ」
「得意な奴などおるまいよ。いたのなら、それこそが悪だ」
「至言ね。アルマスが潰れたら王様の所に就職してもいいかしら?」
「安定を求めるならやめておけ。クルムス公国の方が、刺激も安定もほど良いだろう」
「王様の愛妾契約でも?」
「物好きな奴だ。10年前なら歓迎しただろうがな」
「そっかぁ、残念」
2人はふっと笑うと、互いにそれ以上は何も言わずに別れていた。
貴賓席もアルネリア関係者も2人の王の演武の余韻にしばし酔いしれていたが、ほどなく現実に引き戻されることとなる。第3試合であるラインvsドルーも行われないことがわかったからだ。
続く
次回投稿は、1/12(火)12:00です。