戦争と平和、その641~統一武術大会準々決勝②~
「は・・・? ティタニアがいない?」
「はい、どこを探しても」
準々決勝第二試合、ティタニアvsセイトのはずだったが、控室にティタニアはおらず、どこを探そうとももぬけの殻だった。報告を受けたミランダは顔面蒼白となり、係の者が会場中を駆けずり回ったが、影も形も見ることはできなかった。
それもそのはず、最初からティタニアはこの会場に来ていなかった。レーヴァンティンが紛い物であるとわかった以上、そして本命が手に入らぬとわかればなおのこと、ティタニアがここにいる理由は一つもなくなっていた。
慌てふためくアルネリアの関係者を、セイトだけが冷静に眺めていた。実はティタニアは中層の管理者と一触即発の状態になった後、対戦相手であるセイトの元をひっそりと訪れて詫びを入れていた。
明日の戦いに出る理由がなくなったこと、そしてそれ以上にやるべきことができたこと。まだ本調子とは言い難いこともあり、もし望むならいずれどこかで必ず真剣勝負の場を設けるとセイトに約束した。だがセイトは首を振って答えた。
「残念だが、俺にもやりたいことがある。貴女が存命の間に真剣勝負をできるようになるほど、俺が成熟しないだろう」
決して逃げではなく、真摯に申し立てたセイトの言葉にティタニアは目を丸くし、そして微笑みと共に握手を申し出て、セイトはそれを無言で受けた。2人の間の戦いはこの時既に決着していたのだった。
セイトは握手の際に感じたことを、控室で腕を組んで反芻していた。
「(掌から伝わった鬼気迫る修行の数々――あれほどの修練を積んだ者は獣人には一人もいるまい。人間の美醜には疎いが、在り様と佇まいは誰よりも美しいと思った。いずれは俺もあの領域にたどり着いてみたいものだが――ゴーラ老ならなんと言うかな)」
そうしてセイトが静かに瞑想していると、会場がわっと湧いた。その理由をセイトが確認すると、今度はセイトの口があんぐりと開いたのだ。
「・・・王?」
会場にはドライアンが立っており、やる気を見せるようにウォーミングアップをしていた。その様子にミランダを始めとした関係者があんぐりと口を開け、何人かの者は忍び笑いを漏らし、アルフィリース盛大に笑いこけていた。
「あっはっは! ドライアン王って思ったよりもお祭り好きなんだ? ニア、ヤオ、あなたたちの王様って凄いね!」
「いや・・・どうなんだ? いいのか?」
「私に聞かないで、姉さん」
ドライアンが会場に立って面白がった者がもう一人いる。ローマンズランドの王、スウェンドルだった。
「くっくっく、やるではないか獣人の。これは俺も予想していなかった。なぁ、オルロワージュ、アンネクローゼ?」
「いえ・・・はぁ。これは流石に」
「ドライアン王とはかような人柄なのですか?」
「大方昨晩の騒ぎで血が騒いだのだろうよ。おそらくは一睡もしておるまい。ティタニアがいないのは後付けよ。ただ暴れたいだけさ」
その言葉と共に、スウェンドルがさらに驚くべき行動に出た。貴賓席から身を乗り出しひらりと飛ぶと、観客席に降り立って観衆を押しのけそのまま会場の方に歩いて行ったのだ。
「お、王よどこへ?」
「ち、父上?」
「あれほど獣の王が気を利かしておるのに、誰も応えませんでした、では諸侯の名折れであろうが。奴を壁の花にしないためにも、俺が出向くとしよう」
「し、しかし」
「なに、『前哨戦』というやつだ。楽しめ、オルロワージュ」
アンネクローゼはオルロワージュが青い顔をするなど初めて見たが、それすらも楽しむようにスウェンドルが会場に入っていった。誰がドライアンの前に立ったのかわかる者は少なかったが、関係者が気付くとさらに顔色がなくなっていく。
「木製の槍か。借りるぞ」
「へ・・・は!」
「スウェンドル王、戯れが過ぎますわ!」
「大司教殿よ、戯れが過ぎるということはなかろうよ。戯れはどこまでいっても戯れだ」
ミランダの制止を一蹴し、スウェンドルがドライアンの眼前に立つ。ミランダは一瞬頭を抱えたが、すぐに医療班に指示を飛ばした。
「医療班を傍に待機させて!」
「は? あの、止めないので?」
「馬鹿おっしゃいな。貴族程度ならまだしも、王侯を止める権限はいくらアタシでもないわよ! それよりも、ドライアン王の一撃が間違えて入ってごらんない! スウェンドル王じゃなくても、致命的よ!」
ミランダがドライアンとスウェンドルに聞こえるのも憚らず大声で指示を飛ばした。スウェンドルはそれを楽しそうに眺め、ドライアンは困った顔で互いに段上にいた。
続く
次回投稿は、1/6(水)12:00です。