戦争と平和、その640~統一武術大会準々決勝①~
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「梔子、マスターの様子は?」
「まだお声がけはありませんが」
ミリアザールが籠っている奥の院へとミランダが報告にあがる。遺跡への突入は一定の功を奏し、負傷者は出たものの、死者はなしとの結果に終わった。ウッコと刺し違えてでも、と考えていたミランダは全滅の可能性も考えていたのでやや拍子抜けしたが、結果良ければ全て良しと考えることにした。
ただ、アルベルトが最後の最後でウッコにとどめを刺したという報告だけは、さすがに驚いたが。
「(あの朴念仁が見栄を張った報告をするわけもないしね)」
ミランダはふっと考え直し、出来過ぎた結末に釈然としないままミリアザールへの報告に来ていた。
仮眠は取ったが、既に陽も高くなろうとしている。本日は統一武術大会の準々決勝、そして女子部門を一気に推し進める予定だ。大会の運営に集中したいミランダとしては、諸国の貴族共の対応に追われるのは避けたいところだった。
「(マナディル、ドライドはさすがによくやってくれているけど、さすがに相手が王侯ともなると、立場が釣り合わないと取られる。それに裏方の数が少ない――エルザはまだ復帰できず、ミナールもいない。ラペンティはよくやってくれているけど、さすがにアタシが表も裏もやるのは無理だわ。ウルティナもしばらく復帰できないと聞いたし――復帰したハミッテがよくやってくれるとは聞くけど、それでも頭数が圧倒的に足りない。
マスターがいれば、適当にその場にいるだけでも貴族の対応は充分なんだけどな)」
聖女の肩書は諸国には重い。拝謁すらできない国も多いし、全ての事情を察している国でも、聖女の言を無下にすることはできない。
ミランダはため息をつきながらミリアザールがいる部屋の前で、報告のみ語り掛けることにした。
「ミリアザール様、ウッコの討伐は成りました。詳細は面倒なので伏せますが、イェーガー、それに黒の魔術士の協力すらあったようです。それに稼働していないはずの一部稼働していたようで、後に調査が必要かと思われますが、目覚めましたら御裁可いただきたく存じます。それでは統一武術大会の会場に向かいますので、そろそろお目覚めになってくださいませロリババア」
「・・・一言余計じゃ、アホウ」
返ってこないと考えて煽ったミランダだが、予想外の返事があったので、思わず梔子と顔を見合わせた。だがその声が些か調子が違うようにも聞こえたので、失礼だとかと考える前に、梔子と共に扉を押し開いていた。
「失礼します、マスター」
「ミリアザール様、お加減はいかがです?」
その言葉に、薄布一枚隔てた向こうにいる人影が動いた。やや気怠そうに背伸びをするミリアザールがいるように見えたので、ミランダはほっとしつつも違和感を覚えた。
「マスター・・・ですよね?」
「当然じゃ、他に誰がおる?」
「いや、だって、それ・・・」
「ちぃと待て、身だしなみくらい整えさせよ。何も着ていないのは、さすがにちと恥ずかしいでのぅ。梔子、手伝え。まだ少々体が動かしづらい」
「はい」
そして梔子が薄布の中に入ろうとして、一瞬その動きが固まったように見えた。梔子が動揺するところを他人に見せるのを、ミランダは初めて見た。
そして全てを察したのだ。
「ああ――なるほど、切り札ってそういうことか。確かにそれなら言い訳にでもなんでもなるだろうけど――うん、さすがずるい女」
「ほっとけ! さて、今晩にでも現状のあらましを聞かせてもらうぞ? 負担をかけたが、ここからはワシも容赦なしじゃ」
「ガンガンいきますか?」
「おうとも。平和を乱す連中はまとめてぶっ潰す!」
「――御二方、やりすぎませんように。大陸の平和を一番乱したのが、2人のシスターだなんて、冗談にもなりませんから」
梔子はミリアザールの着替えを手伝いながら、盛り上がる2人の会話に冷静に水をぶっかけていた。
***
――統一武術大会、準々決勝――
統一武術大会が一番盛り上がるとされるこの日、誰もが予想しなかった出来事が起きた。まず第一試合のアルフィリースvsルイ。アルフィリースの動きは目に見えて悪く、剣を持つ右腕に力が入らないようだった。それでもルイ相手に粘ったが、勝ち筋がないまま剣を弾かれて敗北した。
今までの創意工夫をこらした戦い方もなりを潜め、勝者のルイもまた不機嫌のまま戦いが終了した。ルイは事情を察していたが、アルフィリースの腕は思ったよりも深刻で、統一武術大会の場に立てるほどではなかったのだ。ただイェーガーとレイファンの名誉を考え、怪我をおしてアルフィリースは戦った。ルイにもそれはわかっていたから戦い終わったあとも何も言わず、ただ渋い表情で握手をしたまま終わった。
「――これで決着がついたとは思っていない。またやろう」
「ええ、もちろんよ――ただ、意外とルイとは戦わない運命かもって思っているのだけど」
「なぜだ?」
「多分、肩を並べる機会の方が多くなると思うわ」
「なら、余計に好都合だ。肩を並べるほど近いのなら、いつでも戦えるではないか」
そう言って不敵な笑みを浮かべるルイの言葉に、困ったような表情で返すアルフィリース。そうしてアルフィリースとルイがいつか約束した戦いは、あっけない幕切れとなったのだった。
そして予想外のことが起きたのは、次の試合だった。
続く
次回投稿は、1/4(月)12:00です。年始は更新お休みさせていただきます。コミカライズの方もよろしくお願いしますね。