戦争と平和、その639~大陸平和会議十一日目朝④~
テトラスティンはその本をフーミルネが持っていることに気付くと、ふっと笑った。
「そうか、それに価値を見出したか。権力が好きなだけのただの狸爺にはならなかったようだな」
「惚けるな、これは何だと聞いている!」
「見ての通りだ。アルネリアの不正とおかしな行動を追った外部記録だ。いずれ何かに使えると思ってな。お前の派閥のイングヴィルにも協力してもらったことがあるな」
「私に内緒でか――それはまぁいい。だが途中のこれはなんだ? 施療院での治療記録などを、なぜ追いかけた?」
「お前――疑問に思ったことはないのか? 会長になったのなら、魔術協会での研究の推移を閲覧することができるだろう?」
「何を――そうか、そういうことか」
リシーとシェバは理解が追いつかず、不思議そうな表情で2人を見比べていた。フーミルネは何事かをぶつぶつと呟き、テトラスティンは満足そうにその様子を見守っていた。
「理解できたか?」
「――完全ではないかもしれないが、意図するところはわかった。だから、貴方はミリアザールと懇意にしていたのか?」
「最初はな。途中からは完全に個人的な親睦だったさ。だがその中でより確証を持ったことがある。アルネリアはやはり歪だ。そしてその絵を描いたのは、ミリアザール以外の誰かだ。それをずっと追いかけているのだが――」
「それが誰か、まだわからないのか」
テトラスティンが頷くと、フーミルネは再度考え込み、すぐ顔を上げた。
「貴方がここに来たということは、魔術協会にはまだ利用価値があると考えたからか」
「そこまであけすけな物言いは好きではないが、人手が必要だとは思う」
「よし――ならば再度会長に就任していただこう」
「いいのか?」
今度はテトラスティンが意外そうな顔となった。もっとフーミルネとは揉めると思っていたからだ。
だがフーミルネは当然と言わんばかりに頷いた。
「会長職はいまだに魅力だが――貴方が決定権を多く持っていたせいで、雑務が非常に多くて嫌になっていたところだ。一般研究者の研究の裁可までやるのは会長の仕事ではない」
「だからこそたまにアルドリュースのような飛びぬけた者と直接知り合うこともできるわけだが――まぁ、『服を透かして見る魔術』の有用性を必死に説明する奴のために時間を割いた時はうんざりしたな。そんなことに時間を割くくらいなら、意中の女を口説く準備でもすればよいのだ。まぁ私はリシーで遊ぶが」
「テトラ?」
「冗談だ」
殺気が背後から飛んできたので思わずテトラスティンは取り繕ったが、フーミルネはうんうん、と頷いていた。
「たしかに、貴方の苦労もわかる――私も『屁が臭くなくなる研究』を披露された時には、八つ裂きにしてやろうかと思った」
「それはご愁傷さまだ。まぁ雑務はもう少し整頓した方がいいかもしれんな。その判断を任せていいか?」
「それはもちろんだが――もしかして、会長職にうんざりさせて補助を私にさせるために一度立場を明け渡したのか?」
テトラスティンは少し笑って答えた。
「馬鹿な、そこまで鷹揚じゃないさ。むしろ貴様が愚鈍だったり、会長という地位にこだわるようならこの場で八つ裂きにするつもりだった。後釜にはイングヴィルがいるしな」
「ふん。確かに奴は有能だが、少々人付き合いに欠ける。会長になると陰でこそこそする奴が増えそうだな」
「まぁそれは私の時もそうだったから否定はせんよ。だが一度魔術協会を離れたことで見えたこともあった。知りたいことも知れた。オーランゼブルは自ら動いたかもしれなんが、利用されていることに奴自身が気付いていないだろう。そして導師はあてにならないどころか、我々の敵となりうる。魔女はほぼ全滅――となれば、どこかと手を組む必要があるだろうな」
「まさか、オリュンパスと?」
「それこそまさかだ。敵が共通したとしても、奴らが我々と対等な立場で同盟など組むものか。それよりも有用な相手がいるだろうが?」
「なるほど――テトラスティン、あんたは討魔協会と手を組むつもりだね?」
シェバのその言葉に、テトラスティンはニヤリと笑って振り向いた。
「浄儀白楽を直接見れたのは収穫だった。ブラディマリアの人となりも理解したし、奴らなら上手い餌を見せれば必ず食いつく。さて、忙しくなるぞ? フーミルネ、お前はアルネリアに派遣した部隊を撤収させろ、アルネリア周辺の監視はもういい。それよりやってもらいたいことがある」
「うむ」
「リシー、お前は各派閥の長に連絡を。私が再度会長に就任するとな。その場でシェバの復帰を宣言する。そうすれば一日で派閥の一つができるだろう」
「承知しました」
「シェバ、副会長への就任挨拶を考えておけ。反対する奴がいたら実力行使で黙らせるぞ」
「殺さんようにやっとくれよ? 無駄な殺生をすると後に尾を引くからねぇ」
「相手次第だ。馬鹿は必要ないからな。さて、やろうか。新生魔術協会の誕生とするぞ。しばらくは協会員の訓練が必要だな」
テトラスティンは意気込んで会長就任の場に向かった。再度のテトラスティンが会長に就任すると聞かされた派閥の長たちは一様に驚いたが、背後にシェバとフーミルネが立っている事実を見てまで反対する者は一人もいなかった。
そうして他の団体が知ることなく、魔術協会の長には再度テトラスティンが静かに就任した。それからしばらくの間、魔術協会は不気味な沈黙を守り、ただ静かにその日常業務だけを淡々とこなしていたのだった。
続く
次回投稿は12/31(木)13:00になります。年内最後の投稿となります。