戦争と平和、その637~大陸平和会議十一日目朝②~
「相手に魔術士がいるかもしれない――あるいはアルマスのウィスパーがいるとなれば、死体を1つ持ち返られるだけでも情報は筒抜けだ。ほどなく、誰が黒幕かは他国の知るところとなる。
ならば傷の小さいうちにディオーレ殿の方に寝返った方が、一族と国の安泰のためになろう。その判断に異を唱える者は一族にはいないよ」
「・・・国のため、か」
その言葉にディオーレの殺気が一瞬立ち上りかけて治めるのに気付いたのは、イブランだけだった。
ディオーレは細かなことを2、3質問すると、見張りの者も含めて一度外に出るように指示した。見張りは互いに顔を見合わせたが、ディオーレの指示に背くわけにもいかず、外に出た。
ディオーレはくるりとレイドリンド家の方に向き直ると、鋭く言い放った。
「見張りは一度解いておく、くつろいでおけ。間違えても逃げるなよ?」
「逃げてどうする。行く場所はどこにもないさ」
「・・・隊長格の2人、名前を聞いておこう」
「ジェーン」
「ウィル」
簡単な返答を聞くとディオーレは部屋を後にした。そして他の者がいなくなると、イブランとカリオンにだけディオーレは静かに漏らした。
「・・・ここでこいつらを皆殺しにした方がいいと思うか?」
カリオンはその言葉にぎょっとしたが、イブランは予想していたのか平然と答えた。
「そうですね、私はそう思います。死んで当然の連中かと」
「ま、待て。なぜだ? バロテリ公殺害の主犯とはいえ、降伏した者たちだぞ?」
「甘いぞ、カリオン。こんなに簡単に主を売る者たちだぞ? なぜ次がないと言い切れる? レイドリンドは獅子身中の虫も同然だ。殺した方がいい。腕前がいいからと、役に立つとは思うな」
「だがしかし――」
「――とはいえ、ディオーレ様は2人の名前をお聞きになった。生かす方向でお考えですね?」
イブランの問いに、苦い表情をしたディオーレが答える。
「・・・昔のことが頭をよぎった」
「昔?」
「私が精霊騎士になりたての頃だ。アレクサンドリアとローマンズランドは人間の国家の中でももっとも歴史が古い部類に入る。特にアレクサンドリアは国土も肥沃で、武力も人材も豊富。まだアルネリア教の勢力が十分でない頃、アレクサンドリアの勢力が勝っていたこともあったと聞く。
私が一介の武官であった頃、まだアレクサンドリアには大陸に覇を唱えるということを口にする者が多かった。一番強い国が盟主足らんとするのは当然だろうと」
「だがそうはならなかった――なれなかったのですか?」
「測ったように起きる反乱、遠征軍を組織するたびに起きる辺境の魔物発生――思えば、レイドリンドのような連中も定期的に出没していたような気がする。それら全てが誰かの掌の上で起きていたとすれば、今ここで私が怒りに任せて奴らを皆殺しにしても、その黒幕が喜ぶだけだろうな」
ディオーレの言葉にイブランは少し考え、そしてはっとしたように顔を上げた。
「ライン――殿の事件も、もしかして?」
「そう考えるのが自然だろう。そして奴は、私も疑ったかもしれないな」
「そんな馬鹿な!」
「だが第一の容疑者は私だ。200年も生きていて、国を発展させることもできない無能な武官だ。容疑者としては最適だと思わないか?」
「いや、それは――」
「もちろん違うぞ? だがラインの奴は確信が持てず、ゆえに私に頼ることなく国を出たのだ。だが国を出たのはきっと正解だ。外にいないと見えないものもあるだろうからな」
ディオーレは目を閉じて深呼吸をすると、ゆっくりと目を開けた。その瞳には、強い決意が見て取れた。
「――よし、決めたぞ」
「何をです?」
「今まで頭の隅で考えながらできなかったことだ。もはや行動に移すしかあるまい。イブラン、カリオンお前たちに命令を与える。耳を貸せ」
そしてディオーレの命令を受けた2人は思わず叫びそうになるのを必死に押さえ、ディオーレの決意が固いことを察すると、一礼してその場を去った。
ディオーレは窓から高くなりつつある朝日を眺めると、統一武術会場に向けて足早に移動を始めていた。
続く
次回投稿は12/27(日)13:00です。