戦争と平和、その636~大陸平和会議十一日目朝①~
「バロテリ公の首を取っておきながら、こちらに逃げ込んできたと・・・? どれだけ恥知らずなのだ?」
「・・・彼らは全面降伏を申し出ました。でなければ、我々がその首を落としております。代表者が取引をしたいと申しておりますが、いかがなさいます?」
「会おう。だが身だしなみ程度は整えさせろ」
ディオーレは一度私室に戻ると、簡単に体を拭いて着替え、髪を整え直してレイドリンド家の元に向かった。別に身だしなみを気にしたわけではない。単に一晩中戦っていたことを諭されたくなかったのと、レイドリンド家に舐められたくなかったからだ。
ディオーレが私室に入ると、そこには武装したイヴァンザルドの部下数名が部屋の四隅で彼らを見張り、部屋の中央に10名ほどの男女が座り込んでいた。当然武器は取り上げられていたが、四肢を拘束されているわけではない。
その様子を見てディオーレはため息をついて、彼らの前に椅子を動かしてゆっくりと座り込んだ。相手の隊長格は2名。男女1人ずつだった。
「なるほど、とりあえず抵抗する気はないようだな?」
「あればこんなところに来ていない」
「さて、私の首も取りに来たと思ったが? さすがの腐った文官どももそこまで馬鹿ではなかったか」
「ディオーレ様、それは・・・」
イヴァンザルドの部下たちがディオーレに意見しようとして、逆に睨まれる格好となった。
「お前達、レイドリンド家を甘く見過ぎだ。なぜ四肢を縛っておかない? こいつらがその気なら、素手でもお前たちは制圧されている。私を殺す気だったら、入って来た瞬間に貴様らの武器を取り上げて、私に襲い掛かっているだろう」
「だが、それで死ぬような貴女ではないだろう。最悪、宿を破壊してでも逃げるはずだ」
「当然だ。で、殺した相手の仲間の元に飛びこんで取引とはどういうつもりだ? 貴様たちは実行部隊のはずだ。意思決定をするような序列にはおるまい。前2人は見知った顔だが、レイドリンドの中ではそれほど地位は高くないはずだぞ?」
ディオーレの見透かすような視線に男の方は抵抗しようとしたが、女の方はさらりと受け流して答えた。
「アルマスに拠点を急襲された」
「それで?」
「部隊は5つあった。1つは最初の襲撃で追い込まれ、隊長格が殺された。4つは散り散りに逃げたが、拠点と決めた場所はどれも抑えられていた――いや、追跡されたのかもしれない。相手には魔術士、あるいは非常に高性能のセンサーがいる。
そしてアルマスから派遣されたのは、ありえないくらいの腕利きだった。腐っても我々はレイドリンドの実行部隊だ。それを――たった2人でなで斬りだ。おそらくは1番と0番、ウィスパー本人が来ていた」
「ふむ、つまりは大陸平和会議の中に、アルマスの最上位を雇った者がいて、そいつらに目をつけられたせいで、バロテリ公を殺害したまではよかったが、首尾よくいったところを急襲されて壊滅に追い込まれた。そういう解釈で合っているか?」
「それでいいはずだ。逃げる過程で残る2つの部隊とも連絡が取れなくなった。おそらくは狩られただろう。我々で残った者は最後のはずだ。生かされていなければ、だが」
女隊長は淡々と語った。ディオーレはしばし考える様子を見せ、そしてゆっくりと口を開いた。
「相手の姿形を見たか?」
「ウィスパーと思しき相手は見ていない。まるで影が直接動くかのように次々と狩られた。だが一人は見た。統一武術大会にも出場している、バウンサーのバネッサだ」
「なんと――だが違和感はないな。あれほどの腕前の戦士がギルドでBランクというのがおかしいのだ。だがこれで合点がいったな。とんでもない者が紛れ込んでいたものだ。事情はわかった。それで、取引というのは?」
「我々の保護、ひいてはレイドリンド家の保護だ。本家が駄目なら我々だけでも構わん。その代り、本国で誰が今回の騒動を指示したかを教える。それでどうだ?」
その提案にイブランとカリオンがディオーレの表情を盗み見たが、ディオーレの表情は微動だにせず、そして即答した。
「いいだろう。レイドリンド家の体制は今、どうなっている?」
「当主様以外に、派閥が3つ。我々はその中の1つに所属しているが、おおよそ派閥の意向は一致している。今回の依頼も、どの派閥を出すかどうかで話し合いが持たれたくらいで、依頼に反対する様子は1つもなかった」
「お前たちに、他の派閥を含めてまでの意思決定権があると思うのか?」
イブランの問いかけに女隊長は笑った。
続く
次回投稿は、12/25(金)13:00です。