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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
210/2685

ジェイクの新しい生活、その7~反省~

***


「やりすぎたのかな・・・」


 ルースは一人深緑宮で悩んでいた。さすがにあの展開はルースにも意外だったのだ。デュートヒルデの困った顔でも拝めればと思いあの場に姿を現したのだが、まさか彼女が雨の中一人で帰るなどという行動に出るとは。

 実はリンダが先のように酷薄な言葉を放ったのは、ルースの入れ知恵である。リンダは比較的まともに話せる人間だと調査したルースは、もはやデュートヒルデに味方する仲間がいない事を伝え、このまま彼女が横柄な態度を続けるようなら誰にとってもいい事にならないと説いたのだ。そしてお灸を据える手伝いをしてくれないかと、リンダに頼んだのだった。

 また馬車がいなかったのも、ルースが馬の車輪に細工をして、車輪が上手く回らないように仕向けたのだ。案の定デュートヒルデを迎えに来る途中で馬車の走りがおかしい事に気がついた執事は、馬車を連れて修理屋へ向かったのだった。その一部始終を見ていたルースは、校門前で馬車の様子がおかしいことに気が付いて、どうしたものかと思案に暮れる執事に近づき、


「ぼくが、そのおじょうさまにでんごんをつたえましょう」


 とぬけぬけと申し出たのだ。人の良い執事は、馬車を直せる店まで親切に教えてくれたルースをしっかり信じ込み、そのまま修理店に向かったのだった。なお、その修理店は本日が休業だということまでルースは調べているのである。

 ルースにしてみれば完璧な計画のつもりだったが、今から考えれば色々穴があったことは否めない。いかに頭が回るとて、所詮は子どもが考える事。だが念のため他の案もルースは用意してあったのだが、まさかこの作戦がここまではまるとは思わなかったので、少々拍子抜けしたくらいだった。

 しかしここまではまると、達成感というより、さすがに後ろめたさが残る。多少失敗して程良いくらいになるはずだったのに、これではやりすぎにしかルースは感じられなかった。


「うーむ、どうしようか。だけど、これでもあのたてろーるにはきいてないこともかんがえられるし・・・まあ結果を見てから考えるか」


 そしてその翌日、デュートヒルデは登校してこなかった。ルースは、やはりあれだけの高飛車女でも人並みに落ち込むんだなと納得したが、2日経っても、3日経ってもデュートヒルデは登校してこない。そして4日目に登校してこなかった事で、ルースは事態が自分の予想外の方向に進み過ぎたことに不安を覚え、昼休みにジェイクの元へと相談に行った。


「じぇいく、ちょっといいかな?」

「ああ、俺もルースに聞きたい事があった。あのくるくるが学園に来ない。リンダとかいう貴族は落ち込んでるし、何をやったんだお前は?」

「じつは・・・」


 ルースが自分のやった事を話す。その言葉をじっと聞いていたジェイクだったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「結果としてやり過ぎだな、それは」

「・・・ごめんなさい」


 ルースが目に見えてしょんぼりとした。ジェイクもまた大きくため息をつく。


「でも、俺にも計画に乗った責任はあるからな。ルース、お前またあのくるくるが復帰したら、いじめは起きると思うか?」


 ルースが少し考え込むように腕組みをし、やがて首を横に振った。


「さすがにもうしないんじゃないかな? だって、あのぶるんずはしばらくかえってこないし、おんなのこももうやらないでしょ? それに、こういうのはそのばのくうきがだいじだから、まがあけばあきちゃって、だれもやらないよ」

「飽きる、か・・・なるほどな」


 ジェイクはなんとなく納得したようだった。ブルンズがいなくなってからは、貴族の男とも少しずつだが話せるようになってきている。デュートヒルデがいない今、他の平民と貴族も少しずつ話すようになってきているのだ。何人かでを組んで行うような授業もあるから、進行上話さざるをえないのではあるが、元々それがグローリアでは普通の流れなのかもしれない。


「で、どうするの?」

「何が?」


 ルースの言葉の真意を図りかねるジェイク。


「あのくるくるだよ。ほうっておくの?」

「・・・俺はくるくるを追い出すつもりはない。それじゃ何の解決にもならないと思ってる。むしろ、なぜネリィにあんなことまでしたのか、ちゃんと話したいと思っている」


 ジェイクは静かに言った。


「それにあのリンダって子も可哀想だ。ずっと『自分のせいだ』って落ち込んでるんだからな。だからリンダを連れて、今日の学校が終わったらくるくるの家に行ってみるよ。駄目か?」

「いや、じぇいくがそういうのなら。じたいはすでに、ぼくにもはあくできないからね」


 ルースが両手を上げて降参のポーズをとった。


「ルースは来ないのか?」

「ぼくはいかない。だって、わるいことをしたとはおもってないから」


 ルースが平然と答える。


「おいおい、多少やりすぎだとは思ってるんだろ?」

「でもここであやまったら、こんどはこっちがわるものだよ。あやまるとしたら、むこうがさきさ。ぼくはしょうじき、もっとやってもよかったとおもってる。ぼくはじぇいくのようにうでっぷしにじしんはないけど、りさやねりぃのことはぼくだってかぞくだとおもってるから、まもりたいんだ。そのためだったら、どんなひきょうなてだってつかうし、どんなわるものにでもなってやるさ」

「ルース・・・」


 ルースがここまではっきり言うのは珍しいが、ジェイクもその覚悟だけはルースと同じだったので、もはや何も言わなかった。

 そして放課後、リンダを伴ってデュートヒルデの屋敷に向かうジェイク。リンダもまた馬車で学校に通っているので、ジェイクはその馬車に乗せてもらった。そして家も近所ということで、デュートヒルデの家の門まで着くと、リンダが御者に先に帰るよう、指示を出す。

 門と言っても、さらに中に入るまでには数百mは歩かなければならない。本来ならば、貴族同士が互いの家を訪れるときにはまず先触れを出し、門に到着してからは招待する側が馬車で玄関まで案内するのが普通である。今回は急な来訪ということで、リンダは先触れを出していない。もっとも貴族といってもまだ子ども同士の事。また社交界からも縁遠い世界なので、彼女達はしょっちゅう先触れ無しで互いの家を行き来していた。そして門から玄関まで、2人は歩きだす。


「いいのか?」

「ええ、帰りはいつもヒルデの執事が送ってくれますので。私達の社交界では、訪れられた方が来客を無事送り届けるのが礼儀ですの」

「・・・俺にはよくわからない世界だなあ」


 ジェイクが難しい顔をしたので、その顔がおかしかったのか、リンダは少し笑みを作る。


「ジェイクさんって、面白い方ですのね」

「そうかぁ? どの辺が?」

「表情がくるくる変わるところでしょうか。自分の気持ちそのままに、いつも過ごされているかのよう」

「お前達は違うのか?」


 ジェイクにとって当たり前のことを面白いと言われ、不思議だと思ったのだ。自分の心に素直に生きるのは、当然ではないのだろうか。


「・・・貴族の世界は難しいですの。礼儀や儀式が多くて、何が本当かわからなくなるくらい。正直、貴族である者のほとんどがそう感じている事でしょう。それはヒルデも同じでしてよ?」

「嘘だぁ」

「いえいえ、本当ですのよ? 私と2人でいる時はベッドの上で飛び跳ねたり。けっこうなやんちゃですわ。普段はきっと無理をしているのでしょうね。それにとても優しい子なのですよ?」

「あのくるくるがぁ?」


 ジェイクは信じられないと言ったように、口をあんぐりと開ける。その表情がまたしてもおかしかったのか、リンダは口を押さえて笑いだした。


「ふふふふ。彼女は動物の世話をするのが好きですから。この家には色々な動物がいますが、中には彼女が拾って来た子もいますわ。『寒そうにしているのを放っておけない』って」

「・・・う~ん、だったらなんで学校ではあんな態度を・・・」


 ジェイクがますますわからなくなったと言う風に、腕を組む。その様子をじっとリンダは見る。


「(あのブルンズを倒した授業を見る限りもっと荒っぽい人かと思っていましたが、どうもこのジェイクという人は、他のおのことは違いますわ。なんといいますか、なんだか腹に強く据えたものがあるみたい。ブルンズを倒した動きも並ではないことくらい私にもわかりますし、その時の表情・・・怖かったけど、少し恰好よかったと皆さん言ってましたわ)」


 ジェイクがブルンズを倒した時、もちろん彼女達も護身術の訓練などでその場にいたのだ。全員がジェイクとブルンズの戦いを見たわけではなかったが、このリンダとその周囲はたまたま見ていたのだ。ジェイクの疾風の様な動きと、その時の表情がリンダに思い出される。

 デュートヒルデだけは苦々しくその様子を見ていたので、その時は誰も何も言わなかったが、デュートヒルデがいない今、彼女達がその時のことを好き勝手に話しあっていた。すると、誰が言いだしたのか、ジェイクは恰好よいのではないかという方向に話が進んで行ったのだ。

 貴族の女子達にしろ、最初はジェイクを生意気な奴と思いはしたものの、貴族にへつらうでもない平民はジェイクが初めてだった。なので最初こそ自分達の権威が脅かされるかと思いはしたが、ジェイクはブルンズを倒しても威張りも何もしなかった。ただ何もなかったかのように今まで通り過ごし、ネリィのことを気遣うだけ。ロッテの事も純粋な正義感からの発言だと考えると、冷静に考えて、彼は正義感溢れた武芸の強い少年ということになる。それは、騎士の理想像そのままではないのだろうか。貴族の女子とて、騎士と姫の恋物語の話に憧れたりはする。もしジェイクが成長して立派な騎士になったら? 彼女達はその事を考えないでもない。

 そして、えてして幼い時は少し荒くれている少年に少女は憧れる時期もあったりするものだ。貴族の女子達の間で、ジェイクの評価はそのように変わりつつあった。


「(こうしてみると・・・ジェイクさんは中々精悍な顔つきですわね。将来かなり恰好よくなるのではないでしょうか? それに背も高くなりそう。足が大きい殿方は、背も高くなると聞きましたわ。まあ、騎士の物語に出てきそうですわね・・・やだ、私ったら。一体何を考えて)」


 リンダが頬を少し赤らめる。そこには年頃の少女特有の妄想が多分に入っていたが、そんな事をジェイクは知るわけも無く。リンダが気がつくと、ジェイクがリンダの顔をじっと見ていた。


「な、な、なんでしょう?」


 リンダはそのような妄想を考えていたので、当の本人が今自分と連れだって歩いているのをすっかり忘れていた。


「いや、着いたけど?」

「はう?」


 ジェイクがちょいちょい、と指さす先には既にリヒテンシュタイン家の玄関が目の前にあった。リンダは妄想に没頭するあまり、既に玄関前に来ている事も忘れていた。ちなみに、リンダの妄想の中で成長したリンダとジェイクがキスする直前であったのは、内緒である。


「そ、そうですわね。ではジェイクさん、参りましょう!」

「右足と右手が同時に出てるけど、大丈夫か?」


 そうして2人はデュートヒルデの家の戸を叩くのだった。



続く


次回投稿は、5/13(金)12:00です。

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