ルキアの森の魔王戦、その6~アノルンの告白②~
「それからちゃんと恋人になって・・・色々あったけど、しばらくして彼が『私と結婚してくれませんか?』ってプロポーズしてきたわ。でもアタシは断ってしまった。なんて言ったって不老不死だしね。結婚すれば、いずれそれがわかってしまう。不老不死がばれると、今の関係が壊れてしまいそうで怖くて真実を言えなかった。アタシは今の幸せを壊したくなかったんだろうね。それがそもそもの間違いだったんだけど。
でも、彼は非常に我慢強かったわ。アタシはてっきり振られると思ったんだけど、『結婚が嫌なら無理にとはいいません。でも私は貴女とずっと一緒にいたい』なんて言うの。『じゃあ勇者の仕事を辞められる!?』なんて駄々こねたのに、即答で『貴女がそう望むのなら』って言われたわ・・・」
「・・・」
「そこまで言われたらアタシも断れなくて。っていうより純粋に嬉しかったな。それから半年くらい二人っきりで暮らしたかな。辺境の、彼を勇者だと知らない様な場所で。彼は近くの村で教師の真似事を始めて、私は田畑を耕しながら彼の帰りを毎日待った。週に一回は休みを取って二人で色んな所に出かけて、毎日沢山愛してもらった・・・アタシの人生で最高のひと時。でも同時に深い絶望もあった。アタシは、自分が子供を産めない体なのに気が付いてしまった」
アノルンの瞳が曇っていく。
「本当は結婚を受け入れるつもりだったわ。でも結婚するより先にそのことに気が付いてしまって・・・不老不死の代償のようなものでしょうね。アタシは半年経っても真実を告げることができなかった。それでも彼はいつでも微笑んでいて、それが逆に段々つらくなっていった。そんなと時よ、久しぶりに魔王討伐の依頼が来たのは。最初は難色を示したけど、仲間たちも押し寄せてきてね。どうやら相当強力な奴だったらしく、既にいくつかの王国が滅ぼされ、近隣一帯で最強と言われた騎士団が敗北していたわ。それで残党を集めて反攻作戦を行うから、それに参加してほしいって言われたの」
「行ったの?」
「ええ、彼は断りきれなかった。だって生まれ故郷のことだったからね。でもそれが既に魔王の罠だった。結果的に私達は、自分達の仲間だけで魔王の本拠地に突っ込むことになったわ」
「そんな無茶な!」
アルフィリースは思わず叫んだが、アノルンは目を閉じて動じない。当時の彼女は、アルフィリースと同じセリフを叫んだ事を思い出す。
「そうね、普通に考えれば無茶だけど、私達は負けるつもりなんて微塵もなかったわ。中では数えるのもおっくうなくらいの魔物が待ち構えていたけど、私達は次々と撃破していった。魔王にとっても私達の強さは誤算だったでしょうね。でも私達も魔王を舐めていた。まさか魔王が複数いるなんて考えてもいなかったから」
「魔王が・・・複数?」
「ええ、全部で6体。どれもさっきやった気色悪い奴より強かった。その時は勇者のあまりの強さに、一部の魔王達が危険を感じて一時的に手を結んでいたみたい。それでも魔王達を次々倒したけども、仲間達も次々と倒れていったわ。そして最後はアタシと彼と、魔王2体との戦いになった」
「・・・」
「アタシは完全に足手まといになるくらい、高次元の戦いだったわ。だから1対2のはずなのに、それでも彼は優勢に戦いを進めていた。その時、魔王が卑怯な手を使ってきてアタシ達は不意をつかれたわ。アタシは彼をかばおうとしたけど、一瞬、自分の不死を知られたくないという気持ちがアタシの動きを邪魔したの」
アノルンの瞳が一層暗く、深く沈んでいく。
「でも彼は・・・彼はなんの躊躇もなくアタシをかばって死んだわ。しかも、今際の言葉が『貴女を最後まで守れなくてすみません』よ!? アタシは守られなくても死ぬことはないし、アタシの方が彼を守るべきだったのに!」
アルフィリースはかける言葉がみつからない。アノルンが目に涙を浮かべ始めた。
「その魔王はきっちりアタシが仕留めたわ。跡形もなく、ね。原型も残らないほど、生きたまま粉々にしてやった。でも空しかっただけ。その後私はヤケになって、魔物を片っ端から狩って回ったわ。そのうち、別の魔王を狩った時かしら。戦いの後で力を使い果たして全く動けない時に、今の教会の最高教主に拾われたわ。でもその後も無気力で、何もやる気が起きなかった。自分で死のうとしたし、自暴自棄なことも色々しようとしたけど、教主が許してくれなかった。もう人生がどうでもよかったし、いっそ本格的に出家でもしようかと思ったときに、教会でラザール家のあいつに会った」
「・・・」
「勇者とはうってかわって軽薄な奴でね。会うなり尻を触られたのを覚えているわ。手加減なくひっぱたいて、いえ、ボコボコにしてやったけど、翌日何もなかったようにまたセクハラしてきたわ。そのくせ平気で他の女にちょっかいだすし・・・鬱陶しいばっかりで、顔を見るたび腹が立ったわ。
でも、不思議なのよ。いなけりゃいないでなんだか物足りなかった。アタシのことを好きなのかな? くらいに思ってたけど、でもある日突然他の女と結婚したわ。その時アイツ、なんてアタシに行ったと思う?『いやー、ゴメン! 君に飽きちゃった!!』って言ったのよ? 全力で殴り飛ばして、前から話が来ていた巡礼の任務にそのまま就いたわ。旅の中でもアイツのことを思い出すたび腹が立って、イライラしたわ。でもなぜか巡礼の任務を行う118年もの間、一度たりともその顔を忘れることはなかった・・・理由はさっきわかったけどね」
アルフィリースはアノルンをみつめながら話を聞いている。ふと、アノルンがカタカタと震え始めた。
「さっきアルベルトに彼の手記を見せてもらったわ・・・彼の手記には『我が人生でただ一人、心から愛するシスターに捧ぐ』と書かれていたわ。一目見た時からアタシに心奪われたこと。アタシの姿が助けを求めているように見えたこと。どれほど戦場で死にかけても、アタシの顔を思い出すたびに生きる気力が湧いたこと。アタシが寂しそうな顔をするたびに、何もできない自分に腹が立ったこと。アタシが寂しい顔をしないように、自分は嫌われてでも、いつもアタシの気を紛らわそうとしていたこと。自分は子孫を残すために、最後までアタシの傍にいれないことを悔いていること。そして自分の妻や愛妾達に、心から愛していると言えなかったことを詫びていた――アタシは、アタシは――」
ついに、アノルンの瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
「アタシは何もわかってなかった! 彼の心遣いも、彼の苦しみも、アタシが本当は彼を愛しく思っていたことすら!! 彼の顔を思い出すと、いつも、いつも、笑顔なの! アタシの前ではどんなに自分が苦しくても、どんな傷を負っていても、常に一番にアタシを案じて、苦しい素振りすら見せなかった! なのに・・・なのにアタシは、2年近くも顔を突き合わせていて、彼に優しい言葉一つもかけずに、挙句の果てに『お前の顔なんか2度と見たくない!』って言ったのよ!? な、なんて、なんてひど・・・い・・・ひどいこと・・・」
アノルンの頬を伝う涙が止まらない。さぞかし自分はひどい顔をしていることだろうとアノルンは思うが、涙が止まらない、止める気にもならない。
「(今彼が死んだことが、初めて心から悲しい。ずっとアタシは周りにも自分にも嘘をついて・・・そしてこんなひどい人間のアタシを、アルフィは軽蔑するだろうな。でも、しょうがないよね・・・)」
と、ふわりとアルフィリースがアノルンを抱きしめてきた。
「アル・・・フィ・・?」
アルフィリースがアノルンを抱きしめる手に力を込めてくる。
「もう、我慢しなくていいんだよ・・・ね、アノルン?」
「私、我慢しなくて・・・いいの?」
「人間はこういうときくらい泣いてもいいんじゃないかな?」
「私人間じゃ・・・」
「人間だし、私の友達だよ?」
「・・・う・・・うわああああぁぁん!」
もう自分の顔がどうなってるかとか、何を叫んでるのかもアノルンにはわからなかったが――でも気が済むまで彼女は泣きたかった。今はただ、こうやって傍にいてくれる友達の前で――。こんな風に泣いたのは、一体いつ以来だったろうか・・・
***
どのくらいたったのか、まだアノルンの涙は止まらない。今も悲しいし、多分これからも彼女は後悔はするのだろう。だが、目の前にいるアルフィリースと一緒に色々なものを見てみたいと思う自分もまたいる。今見るアルフィリースの顔はとても穏やかで・・・
「(そうだ、アタシが愛した人たちはみんなこういう表情をしていた・・・。そんなアルフィをみていると、アタシからも自然と優しい気持ちが溢れてくるよ・・・)」
アノルンは涙を手でふき取り、アルフィリースの方に向き直る。
「ごめんね、アルフィ。いっぱい泣いちゃって」
「いいよ。私だってたまにはアノルンを支えたいわ。いつも支えてもらってばかりだったから」
「迷惑の間違いなんじゃないの?」
「そうとも言うわね」
「こいつ!」
アノルンがアルフィリースを小突く。
「あっ、痛いわね~。馬鹿力なんだから、もっと手加減してよね!」
「それがか弱い乙女に向かって言う言葉?」
「・・・普段の調子に戻ってきたじゃない!?」
「!」
アノルンは一瞬、呆気にとられた。
「(これじゃどっちが年上やらわかりゃしない。この子、本当に18だろうな・・・?)」
ちょっと不審げにジト目でアルフィリースを見つめるアノルンだが、当のアルフィリースはそんなアノルンを見て頭に「?」が浮かんでいる。
「全く・・・今日はアタシの負けでいいわ。それとね、アタシのこと、貴女には本名で呼んでほしいわ」
「みんなの前で呼んでもいいの?」
「構いやしないわ。そうね・・・もう偽名を使う必要もないわね! 私が自分の名前を呼ばれたくないからつけてもらった偽名だし。由来知ってる? 古代語での『見知らぬもの=アンノウン』をもじったんだって。もじりきれてないし、適当よねまったく。でもこれからは本名で行くわ! でもフルネームだけはあなたにこっそり教えてあげる」
「へぇ、乙女の秘密ってやつかしら?」
「ってわけでもないけどね、いい? 私のフルネームはね・・・」
アノルン、いやミランダがアルフィリースに自分の名前を囁く。そしてついでにアルフィリースの耳に息を吹きかけ、彼女が悲鳴を上げたのを見てミランダが爆笑する。それを皮切りに、しばらく彼女達の笑が止むことはなかった。
そして・・・
「やれやれ、あのアホウめ、やっと乗り越えよったか! まったく心配をかけよる。手間のかかる妹か娘を持つとこんな心境かのぅ」
その様子をきっちりと使い魔を通して見ていたのは、ミリィことアルネリア教最高教主ミリアザールである。
「アルフィリースが生きている限り、もはや心配あるまい。いや、あの分ならアルフィリースがおらんようになっても大丈夫かの?」
うんうん、と1人で納得してみるミリアザール。
「なんせ奴には・・・まあこれはとらぬ狸のなんとやらか。まずはこちらの用事を片づけるとしよう。今日こそは釣れると良いんじゃがなぁ~」
と1人ごちながら、日が暮れて黄金色に染まりつつあるミーシアの街をミリアザールは1人歩きだす。遠くを見ながらふぅ、と一つため息をつく彼女の心の内を知る者は、誰もいなかった。
続く
次回投稿は10/24(日)12:00です。