戦争と平和、その634~陽光⑬~
「導師アースガル?」
「本当に死んだのかよ?」
「ちきしょう、好き勝手やってくれた借りをまだ返していませんよ?」
「・・・あんたたち、もうちょっと静かにおし。死者の前だよ」
シェバに窘められ、調子を落とすアルフィリースたち一同。アルフィリースはシェバに静かに問いかけた。
「貴女は?」
「シェバというしがない魔術士さ」
「どこがしがない魔術士ですか。野にいる魔術士としては最高、Sランク傭兵の『賢者』シェバでしょう? 魔術協会でも一つの派閥を率いていたと聞きましたよ、この妖怪ババア。私たちの世間に疎いヘタレ団長を騙すのはやめていただけますか?」
「ほっ、そりゃあ悪かったね、口の悪いお嬢ちゃん。毒舌が健在で何よりだ」
「リサ、知り合い?」
アルフィリースの問いかけに、リサが口ごもった。ミランダから受けた依頼は秘密裏のものだったからだ。
「ええ、以前少し話す機会がありまして。特に弟子たちと知り合いました」
「その節は弟子たちが世話になったよ。さて、アースガル殿は後で手厚く弔うとして、飛ぶ鳥を落とすイェーガーの女団長に少しお願いがある。私の負傷の弟子どもと、私の仲間を預かっちゃもらえないかね?」
「へ?」
「え?」
シェバの弟子とアルフィリースが同時に戸惑った。どうやら彼女たちにとっても初耳だったらしい。アルフィリースが何か言う前に弟子の方がくってかかった。
「聞いてねぇぞ、ババア! どういうことだ?」
「そうですわ、師匠と弟子は運命共同体と仰ったのは貴女では?」
「我々が力不足と言うのならさらに精進いたしますゆえ、破門というのはやめていただきたい」
「馬鹿言っちゃいけない、これも修行の一環さね。今回のことでようくわかった、あんたたちには実戦経験が足りない。得意魔術はさておき、それ以外の魔術や応用諸々、あんたたちはまだ尻の青いひよっこさ。このお嬢ちゃんの元にはこれからも戦いが集まるだろう。実戦経験を積むなら、この傭兵団にいるのが一番さ」
「では師匠は何を?」
クランツェの問いかけに、シェバはテトラスティンの方をちらりと見た。そのテトラスティンはいつの間にかユグドラシルと話し合いをしていた。
「――そうか、では貴様が見届け役となるのか」
「望んではいないが、そういうことになった。力を使った分、休眠するのだろう? 目覚めたら連絡を寄越せ」
「不思議なものだな、黒の魔術士でいる間は会話もしなかったのに、むしろ離れてからの方が奴らと関わりが多い気がする」
「人の繋がりなどそのようなものだと、最近感じるようになったよ。ああ、ちなみに私は黒の魔術士だったことは一度もないぞ? ドゥームに渡りを頼んだが、結局オーランゼブルにはまともに会えずじまいだったからな。そのあたりはヒドゥンが色々と上手くやっていたようだが、ああいう下働きがいない組織はダメだな。奴はどうなった?」
「意外と近くにいるかもしれないぞ」
「?」
ユグドラシルがエネーマの方をちらりと見たので、エネーマは警戒しつつもそ知らぬふりをした。
テトラスティンが意味を問う前にユグドラシルが続けた。
「これからどうする?」
「魔術協会の会長に返り咲くつもりだ、やりたいことができたのでな。少々強引に実権を取り戻す」
「さすがに無理があるのではないか?」
「シェバを連れ戻せば賛同する連中も出て来るさ、奴の信奉者は多いからな。今の会長よりは信用があるだろう。今回の私のやりたいことには人手が必要だ、こればかりは独力ではどうにもならん」
「そうか――上手くいくといいな」
「意外だな、祈ってくれるのか?」
「祈るくらいなら誰も咎めないだろう」
ユグドラシルとテトラスティンがそのような話し合いをしていることを知らず、アルフィリースはシェバから弟子たちのことを託され狼狽える中、さらにもう一人参加を申し出る者がいた。
「突然ですみませんが、私の身柄も引き受けて頂けますか?」
「えーい、こうなればなんでもどんとこい! って、あなたはどなたですか?」
「申し遅れました、私の名前はライフリング。シェバと同じくSランク傭兵です」
そう告げて冷ややかな笑顔で丁寧に挨拶をしたのは、ライフリングだった。傍ではエネーマが天を仰ぎながらため息をついていた。
続く
次回投稿は、12/21(月)13:00です。