戦争と平和、その633~陽光⑫~
「グウェン?」
「アルフィリースか」
「ここにいたの? いえ、それよりもその左腕は?」
グウェンドルフの左腕がないのを見て、悲痛な顔になるアルフィリース。だがその傍にいたノーティスが、千切れたグウェンドルフの腕を持ってアルフィリースを制した。
「心配するな、腕の方は俺がなんとかする」
「ええと――あっ、あなたはベグラードのトリュフォン? どうしてここに?」
「言ってなかったが、俺は古竜だ。こいつの――グウェンドルフの先輩にあたる竜だ。トリュフォンは人間の時の名前で、真竜としてはノーティスと呼ばれる」
「シュテルヴェーゼの夫という自己紹介が抜けているぞ?」
「元夫だ、元」
「ええっ?」
驚きづくめのアルフィリースだが、ノーティスは面倒くさそうに話を続けた。
「俺のことはいい。それよりグウェンドルフを休ませる場所が必要だ。お前はたしか傭兵団を作っていたな? そこに行くことはできるか?」
「それは構わないけど――シュテルヴェーゼなら、さっきまでここにいたわよ? なんだか病気とかでエンデロードに連れていかれて、療養するって」
「何? あの鍛練馬鹿が病気? 冗談はよせ」
「鍛練馬鹿とは酷い。だがシュテルヴェーゼは古竜でも随一の修業好きで、頑強な竜だ。それが病気とは間違いではないのかい? そもそも竜を侵食できるような病原体なんて、この大陸には――」
その言葉を言いかけて、2体の竜ははっとした。そして顔を見合わせると、こくりと頷いたのだ。
「ノーティス、これは――」
「うむ、よからぬ考えが浮かんだようだな。さすがに俺がいかに気まずかろうとも、元妻に会わずにはおれまい。炎姫の元に参上するのは気まずいが・・・非常に気まずいが、グレーストーンに向かうとしよう」
かつて自らが若かりし頃、エンデロードは若き古竜たちの教育係でもあった。ノーティスはその中でももっとも鍛錬が嫌いで、シュテルヴェーゼは望んでエンデロードと組み手を行う日々だった。
いかに近い世代の古竜が自分たち2体しかいなかったとはいえ、シュテルヴェーゼと夫婦になるとは考えたこともなかった時代のことを懐かしく思い出すノーティス。もっとも、互いにやりたいことが別だったせいもあり、仲が険悪になるということもなく自然と千年ほどでその関係も希薄になってはいったが、今から思えば人間のように夫らしいことも何もしてやれていなかったかと、ふと反省する。
見舞うのなら花でも持参するか、などと人間臭いことを考えていると、その目に信じられない者の姿が映る。
「なん、だと――貴様は!」
「ど、どうしたの?」
「貴様ぁ! なぜ、ここにいる!?」
ノーティスがユグドラシルの姿を見ると、殺気を放ちながらつかつかと近寄った。ユグドラシルは珍しく舌打ちをしたが、大人しく胸倉をつかまれるに任せていた。
アルフィリースは慌てて彼らの間に割って入る。
「どうしたの?」
「なぜ庇う? こいつはオーランゼブルの情報収集をしていた俺を強制的に封印し、海中に沈めた奴だ! 古竜である俺を簡単にあしらうほどの魔力と魔術を行使する、危険な男だぞ!?」
「そうなの、ユグドラシル?」
「危険――かもしれんな、ある意味では。だが、あの時の判断は間違っていたとは思わない。だからこそ、このタイミングでお前を起こしてグウェンドルフとアースガルの助けに寄越せた。お前がいなければアースガルだけでなく、グウェンドルフも遺跡の下層で死んでいただろう」
「それは結果論だ!」
「え、アースガルが? どういうこと?」
激昂するノーティスと、さらなる疑惑に混乱するアルフィリースを無視してユグドラシルは続けた。
「それに、貴様は少々賢し過ぎる。だが下層に到達して気付いたはずだ。もしお前があのまま知恵を巡らせて大陸のことを嗅ぎ回っていればどうなっていたか――想像できるようになったのではないか?」
「む――それは、下層で出現した使徒なるものにも関係することか?」
「使徒はまた別だ。だがその前――下層の門番や、あるいは戦闘中に見ただろう? 何が起きていた、どのような者が裏にいるのか。奴らが貴様を見逃したと思うか?」
ユグドラシルの言わんとしたことがわかったので、ノーティスは手を離したが、今度はアルフィリースがユグドラシルに詰め寄っていた。
「貴様――どこまで見通しているのだ?」
「おおよそ全てをわかっているつもりだが、まだ誰が『そう』なのかは確信を得ていない。ひょっとすると、私よりも先にアルフィリースが核心に迫るかもしれない。そう考えている」
「――なるほど、理解した」
「ねぇ、核心はいいんだけど、アースガルが死んだの?」
「もっとも核心が大切だとは思うのだが――まぁ今はいいかもしれないな。そうだ、アースガルは死んだ。そら、後ろに亡骸があるだろう」
ユグドラシルが指し示す先には、賢者シェバとその弟子たちに囲まれて導師アースガルが横たわっていた。彼のことを知っている者もいたため、その傍には人が駆け寄る。
続く
次回投稿は、12/19(土)12:00です。