戦争と平和、その632~陽光⑪~
「まさかこんな展開を迎えるなんてね。あれほどの隆盛を誇っていた一族も落ちぶれたものだわ」
「・・・あなた、帰らなくていいの?」
「いいえ、もう帰らないといけないわ、お姉さま。でもこんなに楽しいと、帰るのが惜しくなるわね」
その光景を見つめるラ・フォーゼの瞳に、アルフィリースは羨望の色が浮かんだように見えた。
そこに、一つの転移魔法陣が浮かぶ。全員が身構えたが、強大な気配とともに出現したのは全身を深紅のドレスに包んだふくよかな女性だった。
「誰?」
「「「エンデロード?」」」
ラ・フォーゼとソールカ、それにシュテルヴェーゼが同時に反応する。エンデロードは周囲の様子を確認すると、一つ頷いた。
「お前たち、まさかウッコを倒したのか?」
「ええ、最後は黒のお姉さまがね」
「・・・なるほど。それほど強大な気配は感じないと思ったが、レメゲートの力を借りたか。ならばさもありなん。天の火の被害はないようだな?」
「ええ、妙な気配と展開だったわ」
ソールカの簡単な説明にエンデロードは顔をしかめたが、今はそれどころではないようだった。
「ふむ・・・検証は必要だが、今はそれどころではあるまい。ラ・フォーゼ、すぐに帰還せよ。言いたいことはいくらでもあるが、まずは力の安定を図れ」
「言われなくても」
「ソールカ、行くところがなければ妾の元に来るか?」
「うーん・・・あまり私と貴女が同じ場所にいるのは良くない気がするのよね。私は誰もいない場所で静養するわ」
「そうか。そしてシュテルヴェーゼ。貴様は自分の状態がわかっているか?」
「ええ、この遺跡に来てわかったわ。頭に靄がかかったようにぼんやりとしているし、動きも変だわ。脳に菌か何かがいると言われたけど――」
「頭の中にか? それは誰が?」
「私だ」
ユグドラシルの姿を見て怪訝そうにするエンデロード。そのエンデロードにすっと近寄り、何かを耳打ちするユグドラシル。その時、エンデロードの表情が驚愕に見開かれるのをアルフィリースは見逃さなかった。
「うっ! なぜあなたのような――」
「それ以上何も言うな、炎姫。やるべきことは互いにわかっていて、どのみちお前はグレーストーンから動けない。シュテルヴェーゼを傍に置け。その方が互いにためになるだろう」
「誰がシュテルヴェーゼにこのような仕掛けを?」
「それはわからん。順当に考えればミリアザールということになるのだが、それにしてはあまりにもお粗末だ。彼女に何ら益がないだろう。となると、私も意図出来ぬ者がまだいるのかもしれない。今回のウッコの覚醒が果たしてどこまで意図通りだったのか。一連の出来事からして、誰も意図せぬ事態だった可能性はあるな。
私もそうだ。予定外の力の使い方をしてしまった。取り戻すのに休眠が必要になる。それが1年か2年か――遺跡下層も休眠に入るが、その間にいったい何が起こるのか見守る者が必要となる。果たしてそれを誰にすべきかだが――」
ユグドラシルのその言葉を呟いている最中に、もう一つ転移魔術の気配を近くに察した。そしてその中の気配を一つ感じると、ふっと笑った。
「――そうか、あいつがいたな。遺跡に触れたか」
「遺跡に?」
「かつてのお前達と同様に、かもしれんな。ただあいつはもっと重要な役割を負わされるかもしれない。ともあれ私はこれで一度消える。シュテルヴェーゼのことを頼むぞ」
「あ、どちらへ?」
「・・・誰も寄れぬ場所よ。そしてこの大地の命運を見守るには最適な場所だ」
「それは――」
エンデロードは想像がついたが、どのみち近寄れない場所であることは推測できたので、目を伏せて下がった。本来ならもっと会話をしたいところだが、そのような余裕は互いにない。
エンデロードは挨拶もそこそこに、ラ・フォーゼとシュテルヴェーゼを連れて下がる。
ラ・フォーゼは去り際にアルフィリースの方を名残惜しそうに見つめた。
「ではまた会いましょう、黒のお姉さま。今度会う時は敵同士だわ」
「・・・本能が互いを受け入れないのはわかってる。だけど、私たちは仲良くできないの?」
「・・・手を結ぶよりも、戦った方が互いに高め合う関係もある。そういうことよ、お姉さま。でも一度だけでも、御子の皆で一堂に会してお茶会でもしたいものだわ」
「御子の皆?」
「ご存じない? 御子に選ばれる者はただひとりでも、各時代にそれぞれ候補がいて、中には別の何かによって依代にされる者がいるわ。お姉さまは大本命だけど、東の大陸に一人いたわ――ただ選んだ何かがあまりに不吉過ぎて生まれてからすぐに封印されたはず。名前はそうね――ミコトだったかしら?」
「ミコト? それって――」
どこかで聞いた。アルフィリースが記憶を手繰る前にさらに衝撃的な事実がラ・フォーゼに口から出た。
「古くはカラミティもそうだったはずよ。正しく選ばれ、そして当然のように捨てられた哀れな女。あれだけの力を発揮できるのなら、崇め奉られる神にも近しい存在になれたでしょうに。彼女だって、正しく育っていれば今頃はきっと違う存在だったはず」
「カラミティが御子?」
「かつて、ね。今はただの化け物よ。出会ったら殺すしかないわ」
「ラ・フォーゼ」
エンデロードに急かされ、ラ・フォーゼは転移魔術の中に姿を消していった。アルフィリースは止めようとしたが、それが適わぬこともわかっていた。
そしてその場にテトラスティンと、彼らが連れて来た者が一緒に現れた。そこにいた顔ぶれを見て、アルフィリースは驚愕の声をあげる。
続く
次回投稿は、12/17(木)13:00です。