戦争と平和、その630~陽光⑨~
「・・・ないわ」
「――本当に?」
「ええ、その場所にはただ破壊しつくされた跡があるだけよ。建物なんて一つもないし――何なら、岩山も一部の残して融けている状態だわ」
「融けている?」
「ええ、超高温の火が降り注いだみたいに――これはまるで」
「天の火、みたいに?」
ソールカの言葉に、シュテルヴェーゼが頷いた。彼女達はかつての空を焼いた戦いを経験している。
ソールカが腰を上げた。
「やはりそうか。あのウッコは本物だけど偽物だわ」
「本物だけど偽物? どういうこと?」
「あいつ、一度も天の火を使わなかった。再生能力は当時より高くて、物理的攻撃能力はあの時かそれ以上だったけど、防御力はてんで話にならないくらい低かったわ。それに、死ぬまで天の火を撃たなかった。最初は自爆を避けるためなのかと思っていたけど、違ったのね。撃ちたくても、撃てなかったのだわ。あの時いたのは、ウッコとアッカと、姿を見せなかったもう一体がいたのよ」
「そいつが天の火を撃っていたと?」
「当時のどんな種族をもってしても防御不能の一撃よ? イグナージやダレンロキアがいなければ、私たちは全滅していたわ。彼らが何発かを受けてくれたから全滅を免れた。そして攻撃は白銀公のものしか有効じゃなかった。第一世代の戦姫が命と引き換えに撃った一撃すら涼しい顔で受けていたのに、私の光舞が普通に効いていたわ。手ごたえがおかしいとは思っていたのよ」
「そんな・・・では我々は一体何と戦っていたの? 何のために、あれだけの命が死んでいったの!?」
シュテルヴェーゼの絶望したような表情を見て、ソールカは決断した。
「それを探りましょう。まずは私は力を取り戻さないと――里がないなら休眠することはもう不可能ね。くしくもプラテカがかつて言った通りになったわ。いつまでも私たちだけ時間の流れとは別に生きられない、か」
「どうしますか、姫様?」
「私は力を取り戻すために、少々ピレボスの山頂に籠るわ。あそこが一番清浄な空気と陽光が射すから。ヴァイカには、里の外に出ている戦姫を集結させることを命じます」
「あの~私たちは?」
ジェミャカがおそるおそる手を挙げた。ソールカが一瞬きょとんとして、そして面白そうに笑った。
「そうね・・・脅されたとはいえチャスカの片棒を担いだのだから、やっぱり極刑かしらね?」
「そ、そんなぁ~」
「ふふ。冗談よ、冗談」
口元を抑えて笑いを堪えながら、手をひらひらとさせるソールカ。ジェミャカは涙目になり、ヴァトルカは力が抜けたように座り込み、ヴァイカはため息をついた。
「姫様、おふざけがすぎます。我々がいるかどうかもわからない状況で、彼女たちがチャスカに逆らえるわけがないでしょう」
「だってぇ、面白くって」
「真面目にやってください!」
「やりますよぅ、まったくおばーちゃんみたいなんだから、もう。さて、2人にはアルフィリースの元で働いてもらおうかしらね?」
「「へぇ?」」
その間の抜けた声はアルフィリースとジェミャカが同時にだした。2人とも予想外だったのだろうが、ソールカはニマニマとしながらその様子を楽し気に眺めている。
「そんなに意外?」
「だって姫様、私たち誇りある純系の戦姫が人間の下で働くなんて」
「誇りなんてモーイ鳥にでも食わせておきなさい。一つの役目は連絡役、そして一つの役目は、新たな拠点として。今もっとも信用できるのは、アルフィリースの元でなくて?」
「それはぁ・・・そうなのかなぁ」
ジェミャカは何事かもごもごと口ごもったが、チャスカに協力したことが後ろめたくて、強くは反論できなかった。
そして涙と鼻水を垂らしながらひどい顔をしているチャスカを見て、アルフィリースに再度向き直るソールカ。
「で――チャスカのことだけど。この子も預かってくれたりしないかなーって」
「お断りします!」
「そこをなんとか、ね?」
「ね? じゃなくて!」
両手を合わせて頭を下げるソールカに、腕を組んだアルフィリースが歯を剥いて断り続ける。その光景をシュテルヴェーゼは不思議な気分で眺めていた。およそ人間とはかけ離れた能力を持ち、当時の古竜や魔人も複数を相手取って一歩もひかぬ力を持っていた第一世代の戦姫たち、その筆頭であるソールカ。ソールカが戦えば山や森が一つ消えると畏れられ、進んで貢物をした種族までおり、一時期は守り神のように崇められたこともある美貌の戦姫『太陽の』ソールカ。
そのソールカがただの人間の頭を下げて頼みごとをし、あまつさえそれを断ろうとする光景は、とても信じられないというか、思わずシュテルヴェーゼもおかしくなって笑ってしまった。
「じゃあどうしたらいいの?」
「対価になるようなものがないから、だめ! 一つ間違えたら団が破滅するような爆弾はさすがに預かれません!」
「私が戦いに協力するって言ったら?」
「それでもだめ!」
「じゃあ貴女の肉奴隷になるって言っても?」
「色んな意味でもっと駄目!」
「姫様!」
「なんだかおもしろそうな話してやがんなぁ」
ヴァイカが眉を吊り上げたところに、割って入るベッツ。ヴァイカの肩に堂々と肘を置けるのは、このベッツくらいだろう。その気安さと、空気の読まなさ、そしてヴァイカの間合いに容易く入る技術に、ヴァイカが苛立ちを露わにした。
続く
次回投稿は、12/13(日)13:00です。