戦争と平和、その629~陽光⑧~
「姫様、チャスカの処分はいかがいたしますか?」
「そうねぇ・・・」
ヴァイカの剣を喉元に突きつけられ、その場に糸の切れた人形のように崩れ落ちているチャスカ。そしてそれを困惑顔で見つめるソールカ。少し離れた場所からはらはらしながら見つめるジェミャカと、悟りきったように澄まして見つめるヴァトルカ。
ソールカは適当な岩に腰を下ろし、大きくため息をついた。
「里の掟なら――いえ、里でなくとも」
「極刑です。ウッコを目覚めさせ、大陸を滅ぼしかけた罪は重いどころの騒ぎではない。私は速やかに首を刎ねるべきと具申いたします」
「そうよねぇ、さすがに何もなく見逃すわけにはねぇ」
ソールカが困り果てた顔で再度ため息をついた。だがチャスカの首を刎ねる決断にまでは早々至らないのか、腰を上げるにはいたらない。
そこにアルフィリースが歩み寄った。
「その子がウッコを目覚めさせた元凶なの?」
「ええ、そのようね」
「それは許せないことだけど――どうしてそんなことをしたか聞いてみたら?」
「もちろんそのつもりだわ。だけど困ったことがあってね・・・」
「・・・うわぁああああああん! びえぇええええええ!」
ソールカその言葉を言い終わらないうちに、チャスカが突然泣き出した。人目も憚らず幼児のように大泣きするチャスカを見て、ぎょっとする一同。
ソールカとヴァイカだけが、冷静に彼女を見つめてため息をついた。
「姫様――これは」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「アルフィリース、だったかしら? あなたの女の子ならわかるでしょう? この子の月のアレ、ひどいのよ」
「はぁ?」
何の話をされているのかさっぱりわからないアルフィリースは、しばらくしてから赤面した。
「アレって・・・アレの話?」
「そう、アレのこと。チャスカは生まれてからの年数で言えば私と実はそこまで変わらないわ。私たちを第一世代とするなら、第二世代くらいの戦姫よ。ちなみにヴァイカは――」
「十七世代くらいですね」
「そう。戦姫としては原型に近い、最も力が強いはずの戦姫――チャスカはその中でも極上の能力。見たでしょう? 彼女の力は時の操作よ。進むも戻るも自由自在。ただし、力の代償は大きいわ。彼女は戦姫として必要な身体能力が低く、鍛えた人間とさして変わらない程度しかない。そして一生の大半を寝て過ごす。そうね、百年に一度起きていればいいかしらね」
「百年?」
「姫様、それ以上は――」
隠さなくてもいいのかとヴァイカが訴えようとしたが、ソールカは退けた。見ればジェミャカとヴァトルカも意外そうに目を丸くしている。戦姫の中でも、秘密にされていることなのだろう。
だがソールカは包み隠さずアルフィリースたちに打ち明けた。
「いいのよ、隠したってしょうがないことだわ。そもそもおばーちゃんたちが隠したのが、チャスカの脱走につながったわけだし。私もプラテカも、もっとチャスカを自由にさせるべきだと主張してきたわ」
「はぁ、姫様がそうおっしゃるなら・・・」
「ともかく、彼女は生まれてこの方をほとんど寝て過ごしてきた。実際に起きていた年数は20年にも満たないかしらね。寝て起きては周囲の戦姫たちの顔ぶれは変わり、起きている時間もまともに外出も許されない。そして仲の良い私やプラテカは起きているとは限らない――そんな時間を過ごすうちに、彼女の内面は変化したわ。精神的に未熟で内向的、挙句に誰とも通じ合えない孤独から、死にたいと願うようになってしまった。だけど生存本能というものは厄介で、自決しようとしても自動的に時間が巻き戻ってしまう。彼女は自決すらできなかった」
「・・・だから、自分を壊す力を外に求めた?」
「有体にいえばそういうことかしらね。そして均衡を保てなくなった精神は、アレの時には破滅を望む残虐な性格となり、それ以外の時間ではまるで幼児のように退行してしまった。この美貌と能力で精神状態は幼児相当。こんな状態のチャスカが世に解き放たれたら――」
「うーん、何が起こるかわからないわよねぇ」
アルフィリースのソールカのように唸った。どれほど危険なことかは想像にやすいが、それ以上に何が起こるかわからない。戦姫たちが恐れ、里から出さないのも致し方ないかと思ってしまう。
ソールカは続けた。
「と、いうこと。そしてこうなったということは、アレの時期は終わったのね。この状態のチャスカは能力がほとんど使えないけど、何の拍子で暴走するかはわからないわ」
「押さえる方法は?」
「眠らせるのが一番。でも私たちの里は――」
「滅亡したと聞きましたが、本当でしょうか?」
戦闘中に中層の管理者が言っていたことが戦姫たちの頭をよぎった。ソールカは眉間に皺をよせながらも、冷静にあろうとしていた。
「正直、私は頭を使うのは苦手なのよねぇ・・・それは他の戦姫の仕事だったし、プラテカが必要な時は制御してくれていたし。私ならちょっと行ってすぐ戻ってこれるけど、結構力を使ったから少々補充しないといけないわ」
「――里の場所は?」
声をかけたのはシュテルヴェーゼ。彼女が千里眼の持ち主であることを、ジャバウォックが説明する。ソールカはぱんと手を叩いて、思い出したようだ。
「そういえばそんな能力があったわね、貴女。でも結界があるから、千里眼でも見えないわよ?」
「ものは試しだ――まだ頭がぼんやりするが、そのくらいなら力になれる。ウッコ討伐でろくな加勢もできなかった詫びだ。見てみよう」
「気にしなくていいのに、律儀ねぇ」
「かつては肩を並べて戦った仲だろう」
「じゃあお言葉に甘えて――このあたりなんだけど」
ソールカの言に従い、千里眼を起動させるシュテルヴェーゼ。しばらくして、その表情が曇っていく。
続く
次回投稿は、12/11(金)13:00です。