戦争と平和、その626~陽光⑤~
予想されなかった女の出現に、三人の緊張感が増す。
「えーと、どちら様?」
「・・・?」
「2人のお友達じゃないの?」
ヘードネカがやや間抜けな質問を投げかけたが、相手も合わせるようにへらりとした挨拶を返した。
「そうですねぇ。初対面ですけど、お友たちにはこれからなりたいかと存じますぅ」
「ここまで来れるだけでも、あるいはボクたち相手にここまで接近できるだけでも相当な実力の持ち主と言うことはわかるよ。名前は?」
「申し遅れましたぁ、『万能学者』ヴォドゥンと申します~」
「ヴォドゥン・・・たしかS級の傭兵で、ゼムスの仲間だったかな?」
「管理者殿は下々のことまでよくご存じでぇ。それは管理者の能力によるものですかぁ? それとも、元々下々のことにお詳しい?」
ヴォドゥンの目が怪しく光るように中層の管理者を値踏みした。その視線に嫌なものを感じて、思わず仰け反る中層の管理者。
「・・・キミに語る義理はないね」
「じゃあ、仲間になったらお話してもらえますかぁ?」
「ボクたちの仲間に? それ、何かボクたちにメリットがある?」
「そうですねぇ~じゃあ、こういうのはどうですか?」
ヴォドゥンは思わず衣服をその場で全て脱ぎ捨てると、裸になった。思わずヘードネカが目を塞ぐが、中層の管理者は顔色一つ変えないどころか、嫌悪感を示した。
「色仕掛け? くだらないね」
「まさかぁ、そんなに欲情される体ではないものでぇ。私の本気はここからですぅ」
ヴォドゥンは小刀を取り出すと、それで自らの首を切った。鮮血が飛び散り、動脈が切れたことがわかる。躊躇いない一連の動作に、さすがに陽炎も中層の管理者も驚いた。
「ちょ、何を? 自傷癖?」
「これが私の本気ですぅ。万能学者として、謎を追い求めずにはいられない性質。ですがぁ、人間の一生はあまりに短い。あれほど才気に溢れた賢者シェバでさえ、魔術の深奥には届かずに終わるでしょうねぇ。ならば私はぁ? 魔術も化学も極めたい、私の想いはどこへぇ? そんな時に降って湧いた魔王生産の話。それを作る者、黒の魔術士たち。魔王製作者は亡くなったとの話ですが、この遺跡にはウッコだけでなく、魔王以上の存在を製作する工場があると見受けましたぁ。それだけじゃなく、武器製造、食料製造、果ては交配実験や薬品、日用品、あるいは同一個体の大量生産、まで・・・真理が、すぐそこにあるのに・・・どうして、それを手に入れずに、いられ・・・」
爛々と光る眼でまくしたてるヴォドゥンだが、首からの失血で意識が朦朧としてきたようだ。ふらりと倒れる直前に、中層の管理者がその体を支えて治療を施した。
「なるほど、キミが本気なのはわかった。それに、こんな短時間で遺跡の機能を理解するのも人間にしては大したものだ。仲間としてキミを迎え入れよう」
「・・・ありがとうございますぅ」
ヴォドゥンはへらりと笑うと、ふらふらとしながらも自分の足で立ち上がった。そして中層の管理者がぱん、と両手を叩く。
「さて、忙しくなるぞ? まずは中層の修復作業、同時に何が壊れて何が壊れていないかを探る作業。一度中層を完全に封印して作業を行う。ヴォドゥンは一緒に残るとして、キミたちは外に出るよね?」
「・・・」
「もちろん」
「キミはいいけど、ヘードネカは目立つからねぇ。どこで過ごすかはちゃんと考えなよ?」
「・・・?」
陽炎の質問に、くすりと笑う中層の管理者。
「ああ、そのこと。大丈夫だよ、外の世界で活動する仲間は他にもいるんだ。そいつから直接情報は入るよ」
「・・・」
「そうだね。下層も休眠状態に入ったから、しばらくは目立った行動もとれないだろう。また外の世界で一段落終わったころ、ボク達も集まるとしよう。それまでは各自やるべきことをやろう」
「仲良しですねぇ。円陣でも組みますか?」
「いいわねぇ」
ヴォドゥンの意見にヘードネカが同意したが、陽炎と中層の管理者は露骨に嫌な顔をした。むくれるヘードネカ。
「何よぉ、いいもん! ヴォドゥンと私で仲良くするから」
「あはぁ、じゃあその髪の一部をいただいていいですか? さっそく研究したいですぅ」
「今度は皮膚を寄越せとかいわないでしょうね?」
「皮膚または筋肉がいいですねぇ。下着でもいいっすよ、採取するんで」
「この人変態だわ! そんなものつけてないわよ!」
「そうなんだ・・・」
「・・・」
「ああ、待ってよ。アホくさいなんて言わないでぇ!」
陽炎とヘードネカが消えた後中層の管理者は手を振って見送ったが、はっと気づくと閉鎖空間にヴォドゥンと二人きりであることに気付いた。ちらりと横目でヴォドゥンを見ると、怪しげな笑みと忍び笑いを漏らしている。ウッコといるより余程危険なんじゃないかと思った中層の管理者は、しばらくこの娘から目を離さないようにしようと決意した。
続く
次回投稿は、12/5(土)13:00です。