ジェイクの新しい生活、その6~失意~
「これは?」
「昔魔王達に人間が立ち向かうため、エルフやドワーフ、巨人からも様々な武器を与えてもらっておる。エルフは魔術装飾を施し、ドワーフは武器を鍛え、巨人は様々な金属を提供した。これはその一覧じゃ。まあ伝説の武具一覧と言ったところか」
「見事な武器の数々ですね」
本は古くところどころ読めなかったが、数々の武器の説明と制作者、またその図が載せられている。振るった者も同様だ。誰に授けられ、その後どうなったかも書かれている。イライザは本の絵からも伝わって来る武器の素晴らしさに感動している。そして頁をめくりながら、エルザはあることに気がついた。
「ほとんどの武器が所在不明・・・?」
「そうじゃ。各地で魔王を倒すのに貢献した武具が、使用者もろとも次々と行方不明になっていった。まあワシとて世の中の全てを知っておるわけではなし、余りに強い武器が世の中に出回れば、それだけで争いの元となる。そういう意味では武器がなくなるもの別に構わんと思っていたが、よく考えれば使い手までいなくなっておるのはおかしい。もし、それらの武器全てをティタニアが集めていたらどうだろうか?」
ミリアザールがとんでもない事を言い始めた。史上最強の剣士と、伝説の武器の数々の組み合わせ。どうやっても勝てるものではない。
「そ、それが本当だとすれば、もはや打つ手がないのでは?」
「いや、逆じゃな」
ミリアザールがニヤリとする。
「ワシの推測が当たっておれば、少なくとも向こうの行動が読めるようになる。そうすれば罠を張って、万全の状態で奴を迎え撃てるではないか。いかな最強剣士とて、所詮は剣士。自ら魔術で何重にも張り巡らされた罠に飛び込んで、無事でおるわけがあるまいて」
「とすると、残るこれらの武具を囮に使って?」
エルザが本の何箇所かを指し示し、ミリアザールが頷く。
「うむ、早速各国に呼び掛けておこう。もしこれが当たっておれば、ティタニアを待ち伏せすることが可能じゃ」
「なるほど」
「どうやら朗報もあった様じゃな。お主が呼んだ増援の者達には気の毒な事じゃったが、そちらにはワシがしっかり対応しておこう。エルザよ、必要以上に気に病むでないぞ?」
「はい」
エルザが頭をたれる。これでティタニアを倒すことができれば、多少はあの者達の犠牲も報われはすまいかと思うのだ。あとはアノーマリーとかいうあの男。奴だけは自分の手で倒すと、エルザは決心を固めていた。さらにミリアザールは言葉をつなぐ。
「朗報は他にもある。ミナールの使い魔から連絡があった」
「大司教は何と?」
「既に2つの工房を発見したそうじゃ」
「おお!」
その言葉にエルザとイライザが思わず顔を見合わせて喜んだ。
「ミナールは引き続き奴らの工房を捜索するとある。これで奴らの拠点が全て判明したら、一気にこれを叩く。そのための戦力を集めるために、現在様々な方面に手を打っておる所じゃ。その時にはエルザとイライザ、お主達もまた戦いに行ってもらうことになる」
「異論はありません」
「御意にございます」
エルザとイライザが同時に礼をする。エルザはその時のことを想像して拳を握りしめ、イライザもまた剣の鍛錬をさらに行う決意を固めていた。
そしてエルザは面を上げると、ミナールからの伝言を思い出す。これに関しては、ミリアザールにどう切り出すかをエルザも悩んでいた。また、ミナール自身もそう言ったからである。
「ミリアザール様、実はあまり良くない知らせが」
「なんじゃ? まだ報告があるのか」
「はい、ミナール様からの伝言です。ありのままを正確に伝えます。それでミリアザール様には自分の意図するところが全てわかると、ミナール様はおっしゃっていました」
「うん? 言ってみろ」
ミリアザールは不思議そうな顔をして、ミナールの伝言を聞こうとする。
「では。『ローマンズランドに工場を発見』とのことです」
その一言にミリアザールの目が見開かれ、顔から血の気が引いて行くのをエルザは見た。ミリアザールがこのような表情をするのを、エルザは始めて見たのだ。
「・・・『工房』ではなく、『工場』とな? 確かか?」
「はい、私も聞き返しましたから」
「その事に関して、奴は何か言っておったか?」
「ミナール様の私見も一応は伺っております。また私も差し出がましくも、一応考えることはありました。ですが、これはミリアザール様の意見を先に伺ってから判断した方がいいだろうとのことで」
「なるほど・・・確かにその通りじゃ。すまんが皆、一度席をはずしてくれるか? 少し一人で考えたい」
「わかりました」
そうして、エルザ、イライザ、梓が席をはずす。梔子が自分はどうすべきかと目でミリアザールに訴えたが、ミリアザールが小さく頷くのを見ると、梔子もまた席をはずした。そして執務室に一人残されたミリアザール。
「一大事・・・じゃな。ワシの見立てはまだ甘かったと言うのか・・・」
ミリアザールの中をめまぐるしく様々な出来事が駆け廻る。そして陰鬱に浸る彼女の心境と合わせて、まるで彼女の思考は漆黒の底なし沼に沈んで行くかのようだった。
***
ミリアザールの悩みとは別に、ジェイクの教室ではデュートヒルデがこれまた頭を悩ませていた。
「一体どういうことですの・・・?」
自分と昼食を共にする者が一人、また一人と減って行く。ブルンズは懲罰房暮らしだと聞いたし、デュートヒルデはまるで衣服の糸を一本一本抜かれて行くかのような感覚を味わっていた。
ジェイクがブルンズをあっという間に倒したのを見て、ジェイクに逆らおうという男子の貴族はいなくなった。もともと彼らは自分達では何もしようとしていなかったし、必ずしもデュートヒルデに心から従っている者ばかりではなかったのだ。
中にはむしろ反発すら覚えている者が多かったと言った方が正しいかもしれない。貴族はそれぞれが領地や屋敷では指示する立場の人間である。そう考えれば、たとえ身分が上とはいえ自分の国の貴族でもないデュートヒルデに威張り散らされるのが面白くない、と考える人間がほとんどだったと言っても過言ではあるまい。ただ、大国の宰相令嬢であるデュートヒルデに面と向かって逆らう勇気が無かっただけなのだ。貴族の社会というものは、ある意味では庶民よりも全く自由がきかないものだったともいえる。
そしてジェイクが強いというのもそうだが、このグローリアでは貴族も庶民もないということを、どの生徒も痛感したのだった。上級生達は平等で、後輩に等しく厳しく、時に優しく接する。これがグローリアの伝統であり、上級生が先の授業で真に伝えたかった内容である。グローリアにはその性質上、貴族の身分制度をそのまま持ち込む生徒が多いので、早いうちにこの事を授業で上級生が教え込むのだ。教官達が行うより生徒が行った方が効果があるだろうということで、教官が席をはずしていたという裏事情もある。本当は他に色々上級生達も仕掛けを考えていたのだが、ジェイクのおかげで手間が省けたと全員が思っていた。
そして女子の貴族はというと、こちらはルースが押さえていた。女子も先の授業の成り行きは見ていたが、男子ほど心に響くものはなかったのか、あるいは女子にとっては男子以上にデュートヒルデが怖いのか、彼女達はまだ多くがデュートヒルデの言いなりだった。
デュートヒルデも彼女達を操る時は自分が何をするわけでもなく、ただ「ジェイクが邪魔だ」「あの少年がいなければいいのに」と呟くだけである。そして回りがその事に賛同すると、デュートヒルデはころりと機嫌が良くなる。それを繰り返すうち、「ジェイクのカバンがなくなればいいのに」「頭の上から水をかぶればいいんだ」などと呟かれると、周囲の人間達はそうしないといけないような気になるのだ。
むろんこれはデュートヒルデもある程度考えていやっていることであり、自分が手を汚さず、かつ証拠も残さない方法を考えた結果である。事実だけ見れば、デュートヒルデは指示すらしておらず、問い詰められても「あの子が勝手にやった事」で済まされるだろう。もちろん、そこに見捨てられた人間がデュートヒルデの事をどう思うかなどという視点は一切入っていない。
ルースはこれを逆手に取った。そのような実態でデュートヒルデが動いている事を知ったルースは、身分の高いデュートヒルデを直接攻撃するのではなく、孤立するように仕向けようと画策したのだ。デュートヒルデは信望があるわけではない。ならば、彼女に従うことが、利益にならないことを全員に教え込めばいいのだとルースは考えた。そのためにはジェイクの級友を全員分調べ上げる必要があり、ルースといえどもこれはさすがに骨が折れたが、彼はあらゆる手段を用いて達成したのだ。そして現在は実行に移しているところである。
さしものルースも女子を痛めつけることはしない。またこちらから危害を加えるのもどうかと思うし、脅迫すれば証拠が残る。ではどうするのか?
ある女子は、2人でジェイクの荷物置き場を水浸しにしてやろうと考えていた。そしてジェイクの荷物入れを開けた途端、彼女達の顔面に黒い何かが飛びついて来た。
「何これ・・・」
「・・・いやあ! 虫、虫だわ!」
「きゃああああ!」
ルースがジェイクの荷物入れを開けた瞬間に、虫が飛び出すような仕掛けを施しておいたのである。時には馬の糞、たっぷり汚れた雑巾が飛び出す事もあり、女子生徒達をパニックに陥れた。
要は、ジェイクやネリィに被害が及びそうな時だけ発動する罠を仕掛けたのである。ルースはこういう罠を仕掛けるのが大得意だったし、これなら女子達も嫌がって行動しなくなるだろうと踏んだのだ。現に女子達は男子のように派手に動くタイプではないし、元が何と言っても貴族のお嬢様なのだ。怖い目を一度見れば、もう二度とやらないという者が多かったし、危険を冒してまで徹底的にジェイクを追い詰める理由は彼女達にはありはしない。
さらに、ネリィ当人は明るくてとても良い人柄だったし、貴族達としても好印象を持っていないわけでもなかったのだ。
そういったわけで、徐々にデュートヒルデに従う女子の貴族は減っていった。いまやデュートヒルデが何か言おうとするたび、全員がそそくさと周りから逃げて行くのである。デュートヒルデは最初こそイラついて不満をあらわにしたが、それでも誰も相手にしてくれないことを感じとると、今度は諦め、そして寂しさから恐怖へと、徐々に感情が変化していったのだった。
「(どうしてこんなことになるの? 庶民がこのワタクシに逆らうなんて、あってはならない事態ですわ! それにしても、このクラスの貴族はなんて不甲斐ないのかしら? このままでは庶民にワタクシ達貴族が敗北したことになるというのに。でも、でも・・・もしずっとこのままだったら、ワタクシはどうしたらいいの? 話し相手もおらず、卒業するまでずっとこのまま一人で? そんな馬鹿な事・・・)」
デュートヒルデがここ何日か、家でも学校でも考えている事はその事だけだった。そしてデュートヒルデがそんな様子になっているのをそっと観察していたルースは、とどめを刺すべく計画を練る。
授業が終わり、デュートヒルデは隣のリンダに声をかける。リンダはこのグローリアに来た時からの付き合いである。さる国の侯爵家の娘で、唯一自分と釣り合う友達、少なくともデュートヒルデはそう考えていた。またここの生徒の多くはグローリアが提供する寄宿舎だが、彼女達はアルネリアに別荘をわざわざしつらえさせるほどの数少ない大貴族の出身だったので、いつも帰りは一緒なのだ。だが、いつものように校門で待つ馬車まで一緒に帰ろうとしたデュートヒルデが声をかけると、
「申し訳ありませんわ、ヒルデ。あまり慣れ慣れしくしないで下さらない? 貴女と同類に見られたら、こちらまで迷惑ですの」
「・・・え?」
「失礼致します」
その言葉はあまりに唐突で、デュートヒルデはその場にしばし立ちつくしていた。思考はまとまらず、地面がぐるぐると回るかのようだ。彼女は夕暮れの、しかも曇天の教室に一人取り残され、そこで何を考えるわけでもなく、ただ自分の世界が崩壊していく様を、まるで圧力に耐えかねた湖の氷に徐々にひびが入っていくかのような感覚として味わっていた。そして何をどうやったのか記憶にはないが、デュートヒルデはいつの間にか校門の付近に立っていた。だが、いつも終業1/4刻以上前からそこにいるはずの馬車と、自分の執事が見当たらない。
「・・・馬車は?」
「馬車は来ないよ」
デュートヒルデの後ろからルースが現れた。彼女はぼんやりとした意識で、自分より小さな少年を見る。視界がぼやけているのは、雨が降り始めたからかもしれない。
「どうして・・・?」
「さあ? 君に愛想つかしたのかもね? まあもう少し待ってみたら・・・って、どこ行くのさ!?」
ルースにとっても意外だったのだが、余程デュートヒルデはショックだったのか、そのまま雨の中をルースが止めるのも聞かず、自らの家に向かって歩き出したのだった。
続く
次回投稿は、5/12(木)12:00です