戦争と平和、その625~陽光④~
「む?」
「へぇ?」
中層の管理者がやや間抜けな声を上げたが、反応は早かった。相手の速度に虚を突かれたティタニアは合わせることができなかったが、中層の管理者は充分に間に合っていたはずだった。
だがその速度をゆうに上回り、走り込んだ影は中層の管理者が持つウッコの核だけを正確に両断していた。斬られたことに気付くと同時に、塵になって消滅するウッコの核。
中層の管理者がにわかに色めきたつ。
「あ、あ、ああ~!! 何しやがるんだよ、テメェ!」
中層の管理者の右腕が突然人間の形をやめ、まるで不定形の生き物のように変形し、肥大してウッコの核を切り捨てた者を襲った。だがその腕をあっさりとかいくぐると、どうしても躱せないものだけを切り捨てて、相手は見事に中層の管理者と距離を取った。
その姿が止まり、中層の管理者とティタニアを見据える。そして灰になったウッコの核を一瞥すると、全身を黄金の鎧で固めた男は一言だけ静かに呟いた。
「しかと見届けました、ミランダ様」
「お前、神殿騎士団長のアルベルトか! なんでこんなことを――」
「目的は果たした。しからば、いずれどこかで」
そしてその場を全力で逃げ去るアルベルト。中層の管理者はその後を追おうとして、ティタニアの存在を思い出す。ティタニアに背を向けるのはまずいと逡巡したが、そのティタニアも既に黒の大剣で空間を斬り開き、その場を離脱する最中だった。
「そっちも逃げるのかよっ!」
「ウッコがいなくなった今、ここに長居してもよいことはなさそうだ。先ほどの騎士に逃げっぷりを真似させていただこう」
「ふざけんな!」
「ふざけてはいない。貴様こそ、ふざけるのはもうやめにしたらどうだ?」
中層の管理者が雷撃の魔術を放つが、ティタニアが捨て台詞を残して去るのが一瞬早い。中層の管理者が地団駄を踏みながら、頭を掻きむしった。
「どいつもこいつも馬鹿にしてぇ! あー、もう! 苛つくなぁ!」
「おかんむりね、管理者さん」
背後からヘードネカが声をかけた。その傍には、陽炎もいた。転移魔術で飛んできたことはわかっているが、中層の管理者はウッコを壊された怒りでそれどころではなかった。
「そりゃあ怒るさ! ウッコがいなくなったせいで研究が一年以上遅れるんだ! 休眠中の電池どもの能力値を垣間見ただけじゃわからない、本当の進化適正を見る絶好の機会だったのに!」
「別の個体を起こせばぁ?」
「ウッコ一体であの大騒ぎだぞ? 基礎値がウッコより強い個体が何十といるのに、そうそう起こせますかっての! 下層の管理者がいない今が好機だったのに!」
「・・・?」
その言葉とともに、陽炎がけらけらと笑った。その一言で不満そうに頬を膨らませる中層の管理者。
「お察しの通りですよ。ボクらは下層の管理者と契約した身分だけど、従僕になったつもりはない。隙あらば出し抜いてやるさ」
「・・・」
「だから最後の好機だったんだってばぁ! ウッコが起きてアルネリアが大騒ぎになれば、下層の管理者も遺跡にかかりっきりってわけにはいかないでしょ? この間にやることをやるつもりだったのに、いらない横やりのせいで手間がかかったんだよぉ!」
「・・・?」
「あー、まぁ下層が休眠状態に入ったのはよかったね。下層の管理者も、これで例の時期まで管理体制が万全じゃなくなる。中層も被害は受けたけど、思いのほか軽微だった。まさか使徒なるものまで発動するとは思わなかったけど、レーヴァンティンの持ち主が上手く収めてくれてよかったよ」
「・・・」
「え、使徒と戦いたかったって? 冗談よしてよ、あんな化け物と戦うなんてまっぴらごめんさ!」
「・・・?」
「そりゃあ、ウッコ程度ならボク一人でもなんともなりますけどね。使徒と戦ったら本当に命がけじゃないか! ボクの本質は裏方なの! ボクが戦うとしたら、大陸の命運が左右されるときだけだよ!」
「・・・!」
地団太を踏む中層の管理者と、それを見てけらけらと笑う陽炎。その2人のやりとりを見て、ヘードネカが羨ましそうにぽつりとつぶやいた。
「なんだかあなたたち、仲良しねぇ」
ヘードネカの言葉に、互いを指さして憤慨する陽炎と中層の管理者。それを見て、ヘードネカはこちらについたのは正しかったと確信した。そして、その場に出現する者がもう一人。
続く
次回投稿は、12/3(木)14:00です。