戦争と平和、その623~陽光②~
「2人とも? 来ないの?」
「ああ、行かぬ。その前にやることがある」
「私の封印は直に解けます。今更外にでるわけにもいきませんが、ここに閉じこもっていれば先ほどの中層の管理者なる者もいるし、ペルパーギスを閉じ込めるくらいはやってくれるでしょう。それに、下層に飛びこんで自決するという手もありますね。それならば、死ぬ前にこのベルゲイとの約束を果たさねばならぬでしょうから」
「そんな!」
アルフィリースが悲鳴に近い声を上げたが、ソールカがそれを見てチャスカの頭をぐいと寄せた。
「チャスカ、なんとかできるわね?」
「・・・それは」
「なんとかしなさい、命令よ。できなければ今ここで消すわ」
「・・・」
チャスカがティタニアの方に歩み寄り解けかけた封印を確認すると、手をかざして力を行使した。すると、ティタニアの血色がみるみるよくなり、青ざめていた顔にも赤みが戻った。
ティタニアは驚きを隠せない。
「今、何を?」
「封印の時間を巻き戻したわ、これで数年は大丈夫なはず。ウッコに力の大半を注いだので、もう力を発揮できない。これが精一杯」
「なんと・・・命運尽きたと思ったが」
ティタニアが驚きの顔をしたが、ベルゲイの方を向き直っていた。
「すみません、万全になったようです。これでそなたに向き合うことができますが、時を置くこともできます。どうでしょう、外に出てからでも戦うことはできますが」
「俺の意見は変わらん。今ここで果たし合ってくれ」
「・・・いいでしょう。彼らがいなくなった後、存分に立ち会いましょう」
そう告げてアルフィリースから距離を取っていく2人。彼らを見送ると、ラ・フォーゼが転移魔術を起動する。
「さぁ、遺跡の外に行きますわ」
「ティタニア! 気が向いたらイェーガーに寄ってね!?」
「仮にも敵だった者を誘うとは・・・甚だ面白い娘です。ですが」
ティタニアはアルフィリースの方を向いてふっと笑った。
「私が剣を奉じる相手を見つけて・・・全ての軛から解き放たれたら、貴女の傭兵団にお世話になるのも面白いかもしれません」
「でしょう? 旅をしましょう!」
「ええ、それはもう」
そしてアルフィリースたちが姿を消すと、ティタニアは笑顔を隠さずに笑った。ベルゲイがそれを見ているのに気づき、ティタニアは表情を引き締める。
「失礼、これから決闘だというのに」
「いや、剣帝も笑うのだな」
「面白い娘ですから。千年もの長き旅路を経てきた私を、さらなる旅に誘うとは。ですが、彼女との旅はそれは何百年と経ても面白そうと思うのは、私だけでしょうか?」
「同感だ。あのような者が我々の一族にいれば、また話は違っただろう」
ベルゲイの言葉に、ティタニアは笑顔で頷いた。
「ええ、きっと」
「・・・そうだな。貴女は元々よく笑う人だったと伝承にあった。全ては愚かな我々のせいだ」
「あなたは立派な武人です。愚かな祖先の罪まで背負う必要はない」
「だが――」
「私も役目を捨てればよかった。だけど、当時はできなかった。全て捨てて逃げだせば、剣帝など存在しなくてもよかった。アルフィリースのように、自由な発想を持たなかったのが私の限界。でも、それもまた生き様でしょう」
「互いに不器用なことだ」
ティタニアが歩みを止めると、ベルゲイも少し離れて止まった。そしてティタニアは大剣を抜き放ち、ベルゲイは腰を少し落として右手に拳を、左手は掌底をティタニアに向けて互いに構えを取った。
ティタニアはそのままの恰好で殺気を放ちながら、ベルゲイに質問をする。
「一つ聞きます。さきほどウッコに放った一撃、私に向けていれば私の生命を奪うことも可能だったでしょう。なぜそうしなかったのです?」
「そんな卑怯な真似はできん」
「・・・本当は?」
ふっと笑って少し意地悪そうな表情をしたティタニアに、ベルゲイは正直に答えた。
「貴女の戦う姿を美しいと思った。俺の理想とした戦う人間の姿だ。剣を奉じられるのは貴女でもよかった。かつて俺の祖先も同じことを思ったようだ。損なわれるのは、あまりに惜しい」
「・・・そうですか。できれば剣を持つことなく、手に花を添えて、貴女の祖先からその言葉を聞きたかった」
「俺もそう思う。何もかもが手遅れだ。俺の寿命がもうさほどないことも、一族が愚か者ばかりだったことも」
「言い残すことはありますか?」
「残された一族を見逃してもらいたい。あれらはせめて、愚か者にならぬように育てたつもりだ。そしてあの女傭兵のところに身を寄せている。彼女ならば悪くないようにしてくれるだろう」
「ええ、私も同意見です。しかと承知しました」
ティタニアの言葉を最後に、二人の間に緊張感と殺気が張り詰める。そしてその空気が充満し、破裂寸前になった時、互いの拳と剣が一回だけ交錯したのだった。
続く
次回投稿は、11/29(日)14:00です。