戦争と平和、その621~解ける封印㊶~
「さて、ウッコを仕留めなくては」
「一つ助言を――世界に揺蕩う精霊は属性元素だけにあらず。有象無象の精霊すら私は取り込むことができます」
「つまり?」
「あなたの能力次第では、私は想定以上の力を振るうことができるのです。たとえば、この大地の形を変えることすらできるかもしれない」
「そう――恐ろしいわね」
「ええ。でなければレーヴァンティンを初めとした統神剣に対抗することはとても――」
「時間だ、結界を解くぞ」
パンドラの声が殷々と響き、空間が収束するのを感じると、アルフィリースは大きく息を吐いて静かに唱えた。
「呪印、解放」
途端に現実に引き戻され、目の前には光り輝くラ・フォーゼの大魔術が炸裂する瞬間だった。だが今のアルフィリースには、魔術を構成する精霊とマナの様子が手に取るようにわかる。
「精霊は謳い、踊り、笑う」
「え、なんですって?」
「駄目よ、散りなさい。同じ方向ばかりを向いてはいけない。このままでは私たちも巻き込むわ。命令を聞くばかりではいけないのよ」
アルフィリースが呟いた内容をティタニアは聞き返したが、何が起きたかをティタニアは少しだけ見ることができた。アルフィリースの言葉に反応して、精霊たちが振り返ったのだ。
ティタニアも魔術を使う。だから他の人間に使役されているはずの精霊が、それ以外の人間の声に反応するなんてありえないことを知っている。それは魔術の原則を逸脱した行為だ。
ティタニアは生まれてこの方、最大の恐怖をアルフィリースに抱いた。それは理解が及ばぬ者への恐怖だ。
「アルフィリース、貴女は――」
「ティタニア! 私がラ・フォーゼの魔術をどうにかするから、その間に最大の一撃をウッコに叩きこんで!」
「くっ、今は考えている暇はありませんね」
ティタニアはアルフィリースの背後で構えを取る。バスケスを一撃仕留めたティタニアの奥義。決まればあらゆるものを魔術要素、防御を無視して断ち切る技。認識できるのなら、やがて因果や法則なるものも切断できるかもしれない、剣の極致。
だがティタニアをもってしても技の発動には構えが必要。その一瞬の間を、サードフェイズに至ったウッコは見逃さない。
ウッコが大きく口を開く。劫火がちらりと覗き、アルフィリースが迎撃すべく魔術を唱えようとする。その隙をついて、ウッコの背中が大きく盛り上がり、まるでサソリの尾のように頭上からの攻撃が繰り出された。大きな咢となった尾が、アルフィリースとティタニアに迫る。
「あっ」
ティタニアは構えを解けない、アルフィリースは詠唱途中に別の動作を取れない。ウッコの必殺の一撃が命中する瞬間、その攻撃を払ったのはダンススレイブを振るうラインと、ジャバウォック。
「させるかよぉおお!」
「てめぇがイグナージの旦那を追い込んだ野郎か! ぶっ飛ばす!」
二人の攻撃でウッコの攻撃が逸れ、同時にティタニアがかっと目を見開いて動いた。
「ウッコォオオオオ!」
気合の咆哮にウッコが思わずティタニアを注視する。
「無明」
ティタニアの手に武器はない。構えだけで振り下ろされた徒手空拳のはずが、ウッコの体を唐竹割に両断した。
何が起きたのか。十分な知性を得たはずのウッコの思考も追いつかず、一瞬呆然とする。核をかすめたが、直撃は裂けることができた。そしてまだ反撃するだけの余力があり、遺跡の力をこの場に結集することも可能。かつて同胞であったはずの他の魔獣たちのオドを集め、自分の存在をさらに高次の存在に昇華することもできる。管理者以上のフォースフェイズへ、そして使徒への道筋すら辿ることが可能。目の前の人間その他を蹴散らすことなど容易。そう結論付けるまで、一呼吸以下。
その間に、アルフィリースが次の行動に移っていた。
「消えなさい!」
アルフィリースがレメゲートを振り下ろした。ウッコは反射的に防御しようとして、レメゲートから放出される魔力の性質を見た。先ほど吸収した光の魔術の他に、自ら放出した闇の魔術、テトラスティンが上位精霊を使って放出した各属性の魔力、そして大気に漂う有象無象の元素すら取り込んで放つ一撃。
混沌災禍。そんな言葉が一瞬ウッコの脳裏によぎる。それは遺跡から逆流した情報なのか、ウッコが閃いたのか。この一撃を防ぐ術はないとウッコが知った時には、その魔力の渦に飲まれていた。逃げようとしたのか、伸ばした右腕だけがその奔流の直撃を避けていた。
魔力の奔流はウッコを貫通し、広い遺跡中層を駆け巡った。なのにウッコを巻き込んだ以外は優しく空間に満ちていき、遺跡を破壊することもない。アルフィリースの意志を汲み取ったかのようにレメゲートから放たれた一撃は霧散し、小さく淡い光の粒子となって地面を満たすように輝くと、名残惜しそうに消えていった。
幻想的ですらあるその光景にその場にいた者が立ち尽くし、もっとも早く我に返ったリサが小さく呟いた。
「・・・ウッコは消滅しました。もう、何の気配もありません」
その言葉に応えるようにして、レメゲートの一撃に巻き込まれ損ねた右腕が風化する。同時に停止していた分体たちも風化し、ウッコと呼ばれた大魔獣の痕跡は全て消失したのだった。
続く
次回投稿は、11/25(水)14:00です。