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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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エルザの帰還

 ジェイクが学園で彼なりの奮戦をしている頃、深緑宮にはある人物が帰還していた。


「エルザとイライザ、帰還いたしました」

「おう、御苦労じゃったのう」


 エルザとイライザは深緑宮内のいるミリアザールの執務室に通される。彼女の前にうず高く積まれた書類の山を見て、エルザも思わずうんざりするようにため息をついた。いつもなら深緑宮に帰還してなんのかのと理由をつけてふらふらしているミリアザールが真昼間から仕事をしている理由がよくわかる。


「すごい書類の山ですね」

「うむ。この前の襲撃で破損した部分の工事、情報操作関係の書類はさすがに処理したが、今度は新しい防衛網の立案や、神殿騎士団の戦力図の確認、またアルネリア教会全体の収入関係も一度洗っておこうと思ってな。聖都アルネリアの400周年祭の延期についても各国に連絡をしておいたから、次はどうするだの、どういう理由だの、各国関係者やギルドからも問い合わせが多くてな。連日大司教どもと会議だわい」

「真実を公表するわけにはまいりませんもんのね」


 まさかアルネリア教会が襲撃されたから延期にしているなどとは、口が裂けても言えるはずがない。アルネリア教会が強大な戦力を保有しているからと思われているからこそ、内政干渉一歩手前の行動をしても容認され、世間への影響力を保っていられるのである。これがもし揺らぐような事があれば、アルネリア教の今後の立場は微妙なものとなるだろう。色々な言い訳や情報操作も苦しい所だ。


「ですが、いずれ真実は明るみに出ると思いますが?」

「わかっとる。その時の展開もちゃんと考えとるわ、心配するな」

「では400周年祭は中止に?」

「いや、それがアルネリアの市長から要請が来てな。今度の祭りは市民も楽しみにしていたし、アルネリアにとっても数少ない収益が確実に落ちる行事だから、ぜひともやってくれとな。まあもっともな事じゃし、ワシとしても各国の代表には会っておきたい。だから来年の秋にでもやることにしよう。秋なら各地の特産品が揃っておるだろうからな、収益も多きかろ? ・・・じゅるり」

「ミリアザール様、よだれ、よだれ」

「む、いかん! 今から腹が減ってきたわ!!」


 各地の特産品が目の前に並ぶ光景を想像したのか、ミリアザールの口から涎が垂れていた。この人はどこまで本気なのだろうかと、エルザは訝しむ。

 さて。それはさておき、自分の要件を済まさねばならないとエルザは考える。


「ミリアザール様、今回の件ですが」

「うむ、聞こうか」


 ミリアザールが真剣な表情になる。エルザは工房で起こったことを正直に話した。アノーマリーの事、剣帝ティタニアの事、サイレンスと呼ばれる男の事、工房が10個以上ある事、多くの部下を失った事、ミナールがさらに追撃している事。それら一つ一つをミリアザールは真剣な面持ちで聞いていた。そしてエルザが一通りの事を話し終える。


「ふむ、アノーマリー、サイレンスに関しては心当たりがないが、ティタニアならば当時の噂は覚えておる」

「城を斬ったとかいう類いのものでしょうか」

「うむ、まあ他にもあるがな。もっとも奴を直接見て生きておる者がまずおらんし、戦ったところを見た者はもちろんおらん。だから眉唾ものの噂が多かったが、ワシが想像するに信憑性の高い噂が一つある」

「と、申しますと?」


 ミリアザールが茶を啜る。


「一人で大魔王の軍勢を全滅させたとかいうあれじゃ」

「! まさか!?」

「いや、そのまさかなのじゃよ。それにその噂の根拠はあってな。梓」

「はい」


 その声と共に、音もなくエルザの背後から現れる梓。


「お主たちより少し前に、ミランダに護衛としてつけていた梓が帰還してな、なんと英雄王グラハムとミランダ達が一戦やらかしたと言うんじゃ」

「は? グラハムは伝説上の人物では?」

「それが生きておったらしい」


 ミリアザールは渋い顔をする。


「しかもあの時、ドゥームとかいう小僧を回収に来てワシに取引を持ちかけた小僧だよ。どうりでワシが奴と会った時どこか知っているような感じがしたのと、奴が馴れ馴れしかったはずじゃ。ワシも何度かグラハムとは面識があるからな」

「なんと」

「まあグラハムが生きておるくらいじゃから、ティタニアが生きていたとして何の不思議もない。そしてグラハムも大魔王を殺したとか言ったらしい。ならばティタニアもできるじゃろう」

「それはどういう・・・」

「単体の戦闘においてティタニアに敵う者は、おそらくこの地上におらん」


 ミリアザールのその言葉に、エルザが絶句した。まさかここまではっきりとミリアザールが言い放つとは思っていなかったのだ


「ば、馬鹿な・・・そんなことがあるわけ」

「これは推測じゃがな。ティタニアに関しては姿は誰も見たことが無いくせに、噂だけはまことしやかにいつも広がった。やれ城を斬ったの、魔王を100体斬ったの、大魔王の軍勢を滅ぼしたのとな。今では伝説と語られるが、当時を生きたワシとしては、それらが全て事実なら色々納得がいくのだよ」

「例えば?」

「実は当時6体いた大魔王、どうなったか知っておるか?」

「いえ。そういえば・・・」


 史実では、大戦期の大魔王は滅びたと言われている。だがよく考えれば、大魔王と呼ばれる者がいた、とだけ歴史書には記してあるものの、大魔王の名前や顛末までは記されていなかった。歴史書でも強調されるのは人間達がその時に一致団結して戦ったということだけで、詳しい戦いの内容や、英雄たちの事はあまり触れられていない。

 大戦期における数々の出来事は、協力する事の素晴らしさを強調するための引き合いとして出されることが多いため、内容までは気にかけなかったし、あまりに小国が乱立していたせいで、詳しい資料が残っていなかったと歴史家達は口を揃えて言うのだ。それでも活躍した人間達の伝説サーガはそれぞれの国で語られているのだが。


「そういえば知りません」

「それはそうじゃろう。当時大魔王の案件に関わった者は、決して真実を口にしない事を互いに誓ったからな」

「それはいったいどういうことですか?」


 ミリアザールが自分の机を離れ、エルザとイライザが座るソファーの前に腰かける。


「口外せぬと誓えるか?」

「ご命令とあらば」

「うむ。実は当時の大魔王の去就は不明なのだ」

「なんですって!?」


 エルザは驚いた。大魔王達が全滅したからこそ大戦期は終わったと、そう思っていたのだが。


「正確には、1体は倒した。だがその1体を倒す時に、実に多くの犠牲を払ったのだ。そして各国は大魔王の討伐に及び腰になっていった。誰も死にたくはなかったし、国の損失も大きくなる。じゃが、気がつけば大魔王は1体、2体といなくなっていった」

「・・・」

「そして最初の1体を倒してから4体が行方不明となり、残り1体の討伐において、各国が協力するにやっといたった。そして我々は出陣した。小国が多かったが、総勢10万の連合軍じゃった」

「・・・結果は?」


 エルザはなんとなく話の先が読めたが、おそるおそる聞いてみた。


「結果だけで言うなら相討ちじゃな」

「相討ち?」

「いや、正確には我々の負けじゃろう。半数以上が戦死し、加えてその時の大魔王はのうのうと生きておる」

「は!? いや、しかし・・・」


 大魔王が生きていると言うなら、なぜ人間の世界に干渉してこないのか。エルザは納得がいかなかった。


「我々と・・・いや、あの戦いに最後まで加わった者達と、その大魔王は盟約を結んだ。『極力互いに干渉禁止』とな。我々はその大魔王に大打撃を与えたが、どうやっても殺しきれなんだ。ワシも戦ったが、どうやっても倒せず、まさに奴は不死身だとしか言いようがなかった。そこで我々は奴らと取引したのだ。『ある程度は好きにさせてやるから、この領地で大人しく暮らせ』とな。向うもかなり弱っていたからその条件を受け入れ、そして我々はその者をとある土地に封印した」

「その大魔王の名前を覗っても?」

「・・・『スピアーズの4姉妹』という」


 エルザが唾を飲み込む音が聞こえてくるようだった。ミリアザールが協力した状態でも倒す事のできなかった大魔王が、まだのうのうとこの世に生きている。その事実を聞いただけでも、なんと自分の立っている世界が危うい平和に包まれている事かと、エルザは不安になってきた。


「じゃが肝心なのはそこではない」


 ミリアザールがぴしゃりと言った言葉に、エルザははっとする。


「問題なのは、その大魔王級の連中を倒したのが誰か、ということじゃ」

「その一人がティタニアだと?」

「噂が真実ならな。そして一人はグラハムらしい事を本人が語ったそうじゃ。ならばその仲間のティタニアとて・・・想像にはやすかろう?」

「それは・・・そうですね」

「噂が仮に全て真実だったとすると、ティタニアを倒すのは一苦労どころの話ではない。何せあの大魔王達を倒す程の手練てだれ。それが2人もおる。しかも・・・」


 ミリアザールがふと思いだす。あの時、グラハムの隣にいた少女。あちらの方がより危険な印象を受けたのだが、それは自分の気のせいだろうか、と。それに、もし奴らの仲間が全員グラハム級ならば? ミリアザールは、自分一人ではどうともできないだろうと思ってしまう。

 エルザとミリアザールが沈黙に包まれる一方で、イライザは自分がティタニアに抱いた感想を思い出す。剣士としての理想形、完成形。まさに最強と呼ぶにふさわしい佇まいと威圧感。


「(私の印象は間違いではなかった。あれが、あれこそが剣士として到達しうる頂点・・・私は、どこまであの高みに近づけるだろうか? アルベルトは? 他の剣士は? だが敵なら斬らねばならない。せめて10、いや5合でもあの剣士と打ちあえる実力が欲しい)」


 イライザが自分のイメージを高めていく。既に彼女の中は、ティタニアと自分が戦う図が描かれていた。その傍で、ミリアザールとエルザが再び口を開く。


「しかし問題になるのは、いかにして倒すか、ではないでしょうか?」

「お主の言う通りじゃ。じゃが何にしても情報が少ない。ワシですら姿を見たことが無いんじゃぞ?」

「それでも何かしらヒントはあるのでは? 当時あった噂とか」

「噂・・・そういえば」


 ミリアザールが眉間に指を当てて思い出している。


「本当かどうか知らんかったが、奴は自分で『私は武器を奉じる一族だ』と言っていたと、どこぞの誰かが言っておったな」

「武器を奉じる? 誰に、何のために?」

「それは知らん。当時は他の事に手を取られて気にもかけんかったが、そう考えれば思い当たる節がないでもない」


 ミリアザールが梔子に指示して、本棚から古めかしい本を取り出させた。それをエルザとイライザは覗きこむ。



続く


次回投稿は、5/11(水)12:00です。

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