戦争と平和、その615~解ける封印㉟~
「ラ・ミリシャー様、失礼します!」
白の二位が強引に押し入った先では、現巫女であるラ・ミリシャーが血を吐いて倒れていた。目だった刺し傷こそないが、手足はあさっての方向に曲がり、肌はかさついてまるで水分を一気に失ったように干からびていた。
見目麗しく、ラ・フォーゼが生まれるまでは歴代最強の彼岸の一族の当主として君臨した姿は、見る影もない。
白の二位は険しい顔をしながら、無礼も承知で踏み入りその体を抱え上げた。
「ラ・ミリシャー様、これはいったい!」
「・・・あの子にやられたわ」
「まさか、ラ・フォーゼ様が?」
ラ・ミリシャーは小さく頷き、白の二位はチッと舌打ちした。
「以前からそのような気配を感じてはいましたが、まさかこれほど直接的な行動に出るとは・・・」
「いつかはこうなるだろうと思っていましたが、それにしても早かった・・・ウッコの覚醒があの子を焦らせましたね。止めはしたのですが・・・げほっ、ごほっ」
「あまりお話にならない方が」
白の二位が止めるのも聞かず、ラ・ミリシャーは話し続けた。その顔に悲痛な笑みが浮かぶ。
「ふふ・・・まさか現役の神官で最も過激なあなたに心配されるとは。私の方こそ、いつかあなたに殺されると思っていましたが」
「ご冗談を、男は巫女になれません。私はオリュンパスの地位向上とあり方のためには動きますが、決してあなた方を排除したいわけではない。ラ・フォーゼ様の魔力を目の当たりにして、反抗する気力などはなくしましたよ。私の役目は貴女方がよりよくこの教会を治めるための手伝いをすることです。そのためには過激とも受け取られる手段を取ってきたことは認めます」
「畏怖される役を自ら引き受けたと?」
「そうとも言えます」
その言葉に、ラ・ミリシャーは今度は寂し気に笑った。
「その忠誠、ありがたく思います。そんなことすら今まで気付かなかったとは・・・グロースフェルドに逃げられ、我が娘にこんな目に合わされるのも道理ですね」
「お気を確かに」
「気休めは結構、もう長くはありません。それでそちらの方は、炎姫エンデロード様とお見受けしますが」
「ふむ、直接は初めて見えるの。そちが彼岸の一族当主か」
「このような姿で拝謁するご無礼、ひらにご容赦を」
ラ・ミリシャーが動かぬ右手を震わせ、その手をエンデロードがそっと取った。
「そなたたちこそ、永らく続く役目ご苦労。我々旧時代の支配者などと契約したばかりに」
「始祖たちが望んだことでございましょう。役目の重大さは我々も十分に理解しているつもりです」
「ならば聞こう。人造の御子の首尾や、いかに?」
「力は充分。足らぬ分は私から奪い取り、満たしました。今なら全盛期の御子と戦っても渡り合いましょう。ただ――」
「精神的に未熟か」
「むしろ、破綻をきたしつつあるかと」
ラ・ミリシャーが血を口からこぼしながら答えた。その言葉にエンデロードは目を閉じて天を仰いだ。
「そうか・・・やはり人の手で至るには困難だったか」
「時間が足りなかったかもしれませぬ。代々の巫女は能力を増しておりましたが、神官に関してはやや不均一。旧時代の方々の力の一部を授かりましたが、血を濃くする以外で獲得できる能力には限りがあったのかも」
「検証が足りぬか」
「できることはやってまいりました。そのために殺し合いにも近い修練という名の荒行を行い、西方の影響下にある国々にはわざと争わせ・・・時には魔獣の発生にまで影響を及ぼし、人間を戦いの環境下においてまりましたが、それでもなお足らぬとなれば・・・」
「もうよい、お前は休め。十二分に身も心もすり減らしただろう。何も考えずに休め。あとは我々が引き継ごう」
「ありがとうございます。まさか優しき言葉の中で死ねるとは、望外の喜び・・・許してね、娘よ・・・」
娘への懺悔を小さく告げると、ラ・ミリシャーは静かに息を引き取った。その表情は穏やかで、殺されたことへの恨みつらみよりも、自らの使命をやり遂げた満足感と、死ぬことへの安堵を浮かべてさえいた。
白の二位はその亡骸をしばし手の中に瞑想していたが、やがて抱きかかえて立ち上がるとエンデロードの方に向いた。
「炎姫様、巫女様の亡骸を葬ってまいりますので少々お時間をいただきます」
「それは構わぬが、ウッコの波動はお主も感じておろう。まさか、ラ・フォーゼとやらはそちらに行ったのか?」
「存じませぬが、まず間違いないでしょう。あの方は戦うために生まれたと自分の役目を思っておられます。あれほどの波動を感じては、我慢がきかぬでしょうな。だからこそ母君を弑してまで力を得た。静かに座していれば手に入ったはずの力だったのに」
「なるほど・・・仕方がない、追わざるを得ぬか」
「盟約違反では? 炎姫はグレーストーンからは動けないと聞いていますが」
白の二位の指摘に、エンデロードの表情が動いた。
続く
次回投稿は、11/13(金)15:00です。