戦争と平和、その613~解ける封印㉝~
「オウサマ、コイツラはワタシがオサエル。ホンタイをタタイテ」
「何、どうするのだ。そもそもそんなことが――」
「デキル。ココにキテカラ、チカラがアフレテクル。アノテイドなら――」
ブランシェがすぅう、と息を吸うと盛大に叫んだ。
「トマレェエエエエエー!」
「キィ!」
ブランシェの咆哮と共に、ウッコの分体が硬直した。その光景を見て、ライフレスたちも驚きを隠せなかった。
「なんと」
「これで動きが止まるとなると――」
「格の問題でしょうな。ウッコの分体よりもブランシェの方が格上であると証明したということ。しかしそれは――」
既に並みの魔王以上の格を備えている、ということだとエルリッチは告げようとしてやめた。自らの力不足を痛感するようでもあったし、仮にブランシェが格上だとして、成長速度が異常だからだ。だがどのみちそうと告げることのできない自分の矮小さを考えると、エルリッチは内心で惨めな気持ちになっていた。
だがそんな落ち込むことすら許さない衝撃派に、彼らの体が揺れた。
「うわっ」
「ぬぅ」
ユグドラシルとウッコの正面衝突。驚くべきことに、ユグドラシルはウッコ相手に格闘戦を挑んでいた。ウッコの四本の腕はそれぞれ刀や槍のようになりユグドラシルに向けられているが、それらを超接近戦で捌き続けるユグドラシル。
そしてそのまま接近戦で打ち勝つと、再度ウッコを壁に叩きつけた。そのウッコに向かって挑発するように手でくいくいと招き、激昂したウッコがあらんかぎりの尾と予備の頭を出して突撃してきた。
ウッコが口から放出した業火も片手で面倒そうに払いのけると、最初の一撃に合わせてカウンタを放ち、地面にめり込ませた。衝撃で全員の体が浮く。
「きゃあっ!」
「なんという・・・あれほどの体術をあの少年が備えているとは」
「実力を隠しているとは思っていた。だがあれはいくらなんでも過剰だ。あいつ、なぜオーランゼブルに協力していた? あれほどの力があれば、何だって独りでできるだろうに」
「・・・制約に力は比例する」
アルフィリースが魔術を唱えながらぼそりと呟いた言葉に、ティタニアとライフレスがはっとする。
「ユグドラシルは制約まみれで、おそらくはほとんど自ら活動することが不可能なのよ。だからこそあれだけの力を備えているし、いざという時に備えて力を蓄えている」
「随分と親しそうだな。奴の正体も知っているのか?」
「いいえ。でも想定はしているわ。あなたたちと同じくらいにはね」
「ふむ――古代の存在。真竜や魔人よりも、さらに前だと?」
「そうね――それだけじゃないかもしれないけど」
存在としての格が上がったウッコを圧倒するユグドラシル。ウッコの攻撃は全てユグドラシルに届くことなく、捌かれ消えていく。ウッコの表情に怒りと焦りが見え、大振りになった瞬間にユグドラシルがウッコの腕と首を掴んで背後に周り、地面に組み伏せた。
「今だ、やれ!」
「死なないでよ!」
「恨むな!」
「どうなっても知らんぞ!」
アルフィリース、ティタニア、ライフレスの三人が極大の一撃を放つ。アルフィリースとライフレスはこの場に残ったマナをかき集め、放てる最大限の一撃を放とうとし――その直前で魔術がふっと掻き消えた。それだけはない。ティタニアすらバランスを崩して一撃を放ちそびれたのだ。
「何ィ!?」
「え、なんで?」
「力が抜ける、これは?」
異常を感じたのは三人だけではない。その場にいた全ての人間が――ウッコやユグドラシルすら含めて、力が抜けるのを実感していた。いち早く原因に気付いたのはユグドラシル。地面を見つめ、苦々しく呟いていた。
「この気配は魔法――しかも大陸殲滅用の《水神の生誕祭》か! 使える者がいるとすれば使徒――第7使徒の可能性が高いのか。馬鹿者め、こんな閉鎖空間でそんなものを――いや、そうせざるをえないほどの相手が下にいる? 誰が――」
「・・・いつまでそうして乗っている!」
ウッコがユグドラシルの手を押しのけ、強引に立ち上がった。ユグドラシルは絡めとられる直前にその場を脱出したが、手を何度か握ったり開いたりして感触を確かめていた。
「まずいな」
「何が?」
「制約が思ったよりも厳しい。力が抜け始めている」
「時間切れってこと?」
アルフィリースは平静でユグドラシルに話しかけたが、その内心は穏やかではない。
続く
次回投稿は、11/9(月)15:00です。