戦争と平和、その611~解ける封印㉛~
「! あぶねぇ!」
「はっ!?」
真っ先に反応したのはラインだった。ラインには予感があったわけではないが、最も危険な時とは、全員が安堵した瞬間だと知っている。ただそれだけの用心深さで、まだ気を抜いていなかった。そしてダンススレイブを手に、全身を警戒させていたがゆえに反応が間に合った。
そしてアルフィリースは言い様のない不安から、影に危険を促していた。影は考え過ぎではないかと思っていたが、アルフィリースの直感を信じていたのだ。影がもう少しアルフィリースのことを信頼できていなかったら、反応は間に合わなかったに違いない。
ティタニアは背筋がぞわりとすると同時に大剣で身を庇い、かろうじて黒点剣を差し向けたために事なきを得た。身をかわす暇のないティタニアをラインが抱え、影は怖気を感じたのを反対方向へと地面を蹴って事なきをえた。
彼らのいた場所には、長く伸びた槍のようなものが何本も刺さっていた。それが複数のサソリの尾のようなものだとわかった時には、それらが伸びてきた先に立っている者が出現していた。
その何者かは人型の姿をしていた。人間よりも巨人に近い灰色の体躯と銀の髪に、筋肉質な体つき。背中には竜のような羽と、複数の槍の様な尾。腕も足も四本ずつあり、燃えるような熾色の体毛に覆われた下半身はまるで馬の様に変形していた。目は四つあるが、殺気も魔力も極力抑えているように見える。そうであるなら、間違いなく知性がある。
その異形を見た中層の管理者が、へらへらとした態度をやめた。
「人馬に似ているけど、まったく違う生き物か。合成獣だろうけど、あんなのはこの遺跡の取り扱い説明書には載っていない。ウッコが自己進化しやがった、そんな馬鹿な」
「自己進化?」
ディオーレの疑問を聞いたのかそうでないのか。ぶつぶつと中層の管理者が呟いていた。
「合成獣は進化しない。いや、させることはできるが、この中層の個体はそんな機能がついていないはずだ。合成獣が自己進化すれば、やがて管理者を上回る可能性が出現するから。だから機能に制限をつけていたはずなのに、誰かウッコに手を加えて制限を解除した馬鹿がいる。だから予定より早くウッコが起きたのか」
「誰がやった?」
「そんなことができるのは一人しかいないけど、教えてあーげない。だけど、何のために?」
中層の管理者が考え事をする間に、ディオーレがその肩を掴んだ。
「おい、対策は? どうすれば倒せる?」
「この戦力じゃ無理だね。ボクは戦えるけど、起こした人物が予想通りなら、確認してから戦う必要がある。だからボクは一抜けだ。あとはキミたちだけでやってくれ」
「無責任だぞ?」
「逆だよ、責任ある立場だから手出しができない。だけど残念だよ、キミたちを失うことになるなんて」
中層の管理者はすっとその場所から一歩引いた。再度ディオーレが触れようとした時、その体が結界に阻まれた。
「貴様!」
「もう逃げるすべはない。この場にばらまいたボクのオドはもう半分もないし、さっきのような魔術や魔法はもう撃てない。ボクが確認をとって返ってくるまで生きてられたら助けてあげてもいいけど、予想じゃあウッコがキミたちを全滅させるのに90呼吸もかからない。
残念だけどさようならだ」
「待て!」
そして中層の管理者はあっさりとその場から去った。唖然とするアルフィリースたちだったが、それよりも新たな脅威が動き始めて気を取り直した。
「これがセカンドフェイズ・・・なるほど」
「喋った?」
「ウッコに知性が芽生えただと? そんな馬鹿な、先の大戦でも意思疎通など欠片もできなかったのに」
ソールカが信じられない者をみたといった顔でウッコを見つめていたが、ウッコがその視線に気づいて顔をソールカの方に向けた。
「お前は――覚えがある。数千年前の戦いでも先頭に立っていたな?」
「記憶があるの?」
「あるとも。ただ外にそれを出す手段を持っていなかっただけだ。例えるなら意識は檻の中で、苛立ちを表現する術もなく強制的に首輪をつけたまま暴れさせられていた――そんな戦いだった」
「無理矢理戦わされていたとでも?」
「そうだ、私の意志ではない」
知性のあるウッコの思わぬ物言いに、ソールカが面喰う。その一方でアルフィリースが影を経由して、傍にいたラインとティタニアに合図を送っていた。二人がそっと影から離れ、距離を取る。
ソールカはそれどころではないのか、ウッコに向けて殺気を滲ませていた。
「今更そんな言い訳を! 貴様に焼かれ殺され、食われた仲間や真竜、魔人が何体いたと思っている!」
「だからこそ今知性がある。知恵ある者達を大量にこの身に取り込んだせいで、私にも知性が芽生えたようだ。だからこそ進化した。だがいまだこの体は自由にならず。何者かの意志にとらわれているようだ」
「その髪も羽も目も、戦姫や竜、魔人から得たって言いたいの? ふざけるな!」
「――あなた、誰に命令されているか、口にできる?」
アルフィリースが影と交代し、ウッコに疑問を投げた。ウッコの注目がアルフィリースに移り、ウッコはしばしあえぐようにしていたが、やがて答えた。
「――どうやら口にはできないようだ。進化したのは知性と肉体だけで、行動や思考は縛られているな」
「あなたに命令した人はなんて?」
「古代種はすべて処分せよ、その力を引き継ぐ者も全て――だそうだ」
「人間は?」
「処分対象に入っていない」
「なら、私たちが争う必要があるかしら?」
ウッコの四つの目がそれぞれをとらえて観察した。無機質に判別する目に全員が固まっていたが、ウッコが首を横に振った。
「――ダメだな、お前たちは魔人や真竜。古代種の影響を強く受け過ぎた。純粋な人間とは判断しがたい」
「疑わしきは罰せよと?」
「そのようだ」
ウッコが殺気と魔力を解放した。その圧は、ウッコが覚醒した時のものと同じ、あるいはそれ以上。その圧を受けて、半数以上のものがその場にへたり込んだ。ディオーレやルイですら片膝をつく始末。
アルフィリースが呪印の解放を始めていた。
「残念だわ、話し合いで済めばよかったのに」
「同感だが、命令の更新はない。我が主は人間以外の抹殺をお望みの様だ」
「なんのために?」
「より良き結末のためだそうだ。竜も魔人も、戦姫も御子も不要だと仰せだ」
「御子も――そう、そうなのね。つまり、あなたの主人は――」
「そこまでだ。推測は死んでからにしてもらおう」
ウッコの腕が刃物のように変形し、さらに伸びていた。どうやら形にはこだわる必要がないらしい。
「覚悟をする時間を十数えろ。抵抗せぬなら苦しまずに殺すと約束しよう」
「そう言われて大人しくすると思う?」
「半分は。そのために魔力を解放したが、貴様は屈さぬのだな? そこな戦姫でも半分は戦闘意欲を亡くしているぞ?」
「諦めの悪さには自信があるわ。それに、何か大切なことに気付きそうなの。こんなところで死ぬわけにはいかないわ」
「なるほど――そなたが御子でさえなければ、面白かったかもしれないな」
「御子とは、なんなの?」
アルフィリースの問いに、ウッコが答えた。
「御子とは、法則だよ」
「法則――やはり」
「さて、十経った。死んでもらおう」
「もう一つだけいいかしら。そこの彼に見覚えは?」
「? そこの彼とは――」
ウッコが振り向こうとして、その顔面を無造作に殴り飛ばした者がいた。ウッコが勢いあまり、壁まで吹き飛ぶ。そこにはシュテルヴェーゼを抱え、ジャバウォックを伴ったユグドラシルが立っていた。
続く
次回投稿は、11/5(木)16:00です。