戦争と平和、その609~解ける封印㉙~
「思ったよりも教え好きらしいな、私は――行くぞ。意識をしっかり保っておけよ。でないと酔うからな」
「(いつでもどうぞ)」
影が殺気を放つと、ウッコの数十の目が一斉に集まる。そして伸ばされる首、放たれる炎。影のいた場所が飲まれたと思った瞬間、そこから影の姿が五つ同時に出現し、別々の方向に走り始めた。
さすがに一瞬面喰ったようにウッコがたじろいだが、すぐさま目が別々の影の個体を追い始めた。そのどれもが素早く複雑に動き、ソールカすら捉えた赤子の腕をすり抜けるようにして縦横に駆け回った。
「ほらほら、こっちだ!」
「違う違う、こっちよ!」
「どうしたどうした!」
するすると動く影を相手に、ウッコが奇声を上げながら追いかけまわした。首も腕も無限かと思われるほど伸びたが、影の意識の奥でアルフィリースが冷静にその様子を観察していた。
「(伸びるほどに、本体の体積が減っているし、分体の動きが鈍っている。どうやら分体も本体の影響を受けるようね――本体依存の生命体である可能性は十分にあるわ)」
「なるほど、貴重な情報だな。どうやら目は沢山あっても、それを統括する脳は一つのようだ。ならば、考える頭が複数ある我々の方が有利だと思わないか?」
「(そう信じたいわね)」
別れた影が二体すれ違い、その瞬間片方の肩を蹴って宙に舞った。それを追おうとした首が、反対側からきた首と衝突し、互いに砕けた。
別の場所ではすれ違いざま、影が互いの背後から追いかけてきた首を攻撃し、切り落とす。ウッコの攻撃は影には一つも当たらず、全て空を切った。その度に影の姿が闇に揺れ、一瞬掻き消えたように見えるが、状況は何も変わっていない。
「(同時に色々なことを考えるのも苦手みたいね)」
「たくさん頭はあるが、触手と同じだな。単純な命令しか実行できないとみた。中心を潰せば多分終わる」
「(リサが相手の生命の中心を探っているわ。そこを突いた方が早いかもしれない)」
「どうやって攻撃する?」
「(合いの手を入れるわ。初手は中層の管理者に任せた方がいい)」
「なるほど?」
それだけで影はおおよそを理解したのか、ウッコの頭をひとつずつ潰し始めた。その分次々と赤子の背中から頭が生えて補充されるが、その分少しずつだが赤子が萎んでいるように見える。
「削れて来ているぞ!」
「ふむ、順調か?」
「爺さん、ひきつけるのは限界っす!」
「あと一手行くぞ、そこの銀の髪の!」
ベッツがヴァイカを呼びつけ耳元で何事かを囁くと、再度突撃していった。
「こーいうのは俺じゃなくてヴァルサスの専門なんだよ、クソッタレ!」
ベッツに向けて赤子の腕が迫る。その腕がベッツに直撃したかと思うと、ベッツはその腕をかすらせながらぎりぎりで避けていた。
腕を斬るのではなく、剣を置く。殺気のないゆっくりとしたその動作に、赤子の反応が遅れた。
「気功も通してねぇただの鉄じゃあ自分は斬れねぇと思ってんだろ? 人間を舐めるんじゃねぇぞ」
ベッツの剣が震えたかと思うと、赤子の腕が落ちた。赤子で腕を抑えて絶叫し、血の雨とともにベッツが後退する。同時にヴァイカが突撃していた。
「やるな、人間」
ヴァイカの渾身の突撃でウッコの頭が半分落ちた。ヴァイカはさらに自らが乗る大剣を振るい、ウッコを大きく袈裟懸けに切り裂いた。
中層の管理者が笑う。
「はははっ! 痛快だねぇ、だから人間のことが大好きさ!」
「弱点が右半身に移動しました」
「準備はいいかな、ルイちゃん?」
「ちゃん付けで呼ぶな、馬鹿者」
ルイが魔力を全開で解放し、呪氷剣を放つ。氷の剣が空を裂き、ウッコの右半身を上下に分断した。その直後、リサが上半身を指差す。
「上です」
「じゃあ次はボクかな」
中層の管理者が右手の闇と左手の炎を交えて、暗く燃え上がる闇の剣を無数に作り出した。それをウッコに向けて一斉に飛ばす。
「えーと、詠唱名は――《千の闇に踊り狂え》! なんちゃって、千もありませんけど!」
「貴様、真面目にやれ!」
ディオーレがウッコの分体を屠りながら思わず叫んだが、ディオーレの叫びをかき消すほどの勢いで闇の剣が射出された。
続く
次回投稿は、11/1(日)16:00です。