戦争と平和、その608~解ける封印㉘~
「ぐおっ?」
「わあっ!」
叫びというにはあまりに破壊的に過ぎた。衝撃波のような鳴き声に全員が思わず耳を塞ぎ、地面がひび割れる。中層の管理者は詠唱を中断しそうになるのをなんとかこらえたが、隣にいるリサの異変に気付いた。
「ここまでくると音響兵器だね――はっ、大丈夫かい?」
センサーの聴覚は波の人間の数倍以上、ましてこのクラスのセンサーなら。リサは耳を塞いでいたが、一瞬顔をしかめただけですぐに表情を引き締めた。だがその両耳からはどろりと血が流れ出た。
「両方の鼓膜が破れましたが、問題ありません。このまま指示を出しますが、もう私への指示は聞こえませんので、私の指示にそちらが合わせてください」
「お任せあれ!」
「・・・? ウッコに変化あり、中から何か来ますよ!」
「ほえ?」
リサの指示と中層管理者の間抜けな声と同時に、ウッコの背中が盛り上がって次々と小さなウッコが生まれ始めた。大きさは人よりやや小さい程度で頭も一つしかないが、その顔は人間の男だったり、女だったり、はたまた赤子だったり多様だった。
突然に人面鳥の出現に、後方にいた者たちも武器を構える。
「うげえっ、増えやがった! 兵器に生殖能力を与えるなんて、最悪だぞ! あれ一体放ったら、下手したら大陸が終わるじゃないか! 製作者は何を考えてやがるんだ、馬鹿!」
「文句はいいから、早く詠唱を終えろ! あまり長くは持ちこたえられないぞ!」
《地津波防壁》
ディオーレが剣を構えながら、地面に手をついて魔術を唱えた。同時に生まれた個体たちが一斉に火を吹いたのを、地面から突き出た防壁が防ぐ。
土の壁が融け、その上をウッコの分体たちが飛び越えて奇声を上げながら突撃してきた。
「ケェエエエエ!」
「ギョオオオ!」
「うんぎゃあ、うんぎゃあ!」
「くそっ、とんだ貧乏くじだ! なぜ私がこんな奴の相手を!」
「気持ちは同じだが、気を抜くなよイブラン!」
「わかっていますよ! だが気持ち悪いものは悪い!」
文句を言いながらもイブランの剣はアレクサンドリアの精鋭らしくさすがの冴えを見せるが、いかんせん相手の数が多い。それに襲撃してくる個体は常に10体と決まっており、一体がやられると次の個体が突撃してくる。その様子にいち早く気付いたのはルイとディオーレだった。
「奴ら――見ているのか」
「そのようだな。他の個体が負けたのを見て、戦い方を学習しているようだ。徐々に挙動に工夫が入り始めた」
「野生の動物の中には獲物を痛めつけておいて、それを雛や子どもに仕留めさせる場合があるという」
「なるほど、我々は丁度良い経験値というわけか。まことに腹立たしいことだな」
「くそっ、詠唱をしながら戦うのはつらいんだぞ?」
中層の管理者がリサを守りながら、ウッコの分体をちぎっては投げている。その間にも詠唱を継続しているのはさすがなのだが、予想よりも時間がかかることは明白だった。
対して、前衛にいるベッツとレクサスの額には汗が滲んでいた。
「ひきつけるにも限度があるぞ! もう40呼吸は経ったんじゃねぇのか?」
「37っす、爺さん!」
「援護射撃がきそうにねーじゃねぇか!」
「恰好つけて出て行ったのに、不満とか格好悪いっす」
「30呼吸しか任せろって言ってねぇ!」
「何だ、余裕ではないか」
彼らに迫るウッコの頭部を上段蹴りで吹き飛ばしたのはアルフィリース。見事な蹴りに、二人が思わずぽかんと見惚れ、レクサスがはっと我に返る。
「見事な御御足、じゃなくて! あんた、だれっすか?」
「勘の良い奴だ、わかるか」
レクサスの疑問にアルフィリースが不適に笑ったのを見て、ベッツは様子がわからずきょとんしたが、一つ瞬間的に判断できることがあった。それは、この場を任せるに足るだけの実力を備えた強者の援護がきたということである。
ベッツの判断は早かった。
「んじゃあ任せたぜ、姉ちゃん。俺らは分体の方をなんとかする」
「ああ、任せた。さすがにそちらまで手が回らん」
「ちゃんとアルフィリースさんを無事に返してくださいよ? じゃないと姐さんが悲しむんで」
レクサスの言葉に影がふっと笑い、背を向けたまま手を挙げた。
「任せておけ。こういう戦いは得意だ」
「(本当でしょうね? さっきのベッツの動き、できるの?)」
「心配するな、あれほどの動きは無理でも、別の方法を使えば目くらまし程度は余裕でできる。何ならいっそ、倒してしまおうか?」
影の自信満々な言葉に、頭の中でアルフィリースがため息をつく音が聞こえた。
「(やれるんならどうぞ? でも全員でやった方が能率がいいわよ?)」
「わかっているさ、せっかくある戦力を使わない手はない。それに、私の本領は指導の方だからな。ただ――」
「(ただ?)」
「お前の体が思ったよりも仕上がっている。連日夢の中で特訓をしたこと、それに平素ですら魔力を絶えず循環させ、内側を鍛えていた成果が出ているな。肉体の方はまだまだだが、これなら私の最も得意な戦い方が何割かは実行できるだろう。
良い訓練だ。しっかり学べ」
「(こんな時まで訓練かぁ、だから教官って呼ばれるのよ)」
アルフィリースの言葉に笑いながら、影はとんできたブレスを風の壁で逸らした。熱波となった風に髪が揺れ、炎の明るさが笑みを凄絶に照らし出す。
続く
次回投稿は、10/30(金)16:00です。